リーネ

​番外編 リーネ登場​(1)

亮とフリルは街中を歩いている。

冒険者ギルドの前に着いた。

今後の冒険について少し話しているようだ。

 

そこに、彼らを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

??「ねえ、ちょっとそこのキミ。」

亮「…?」

??「キミよキミ、あんたを呼んでるの。」

 

亮は振り向くと、一人の女がいた。

青の長髪、青の瞳をしている。

服装は、街の人と言うよりは旅人の格好だ。

あと、丸い眼鏡をかけているのが印象的である。

 

亮「あの、僕に何か…?」

女「ちょっとね、聞きたいことがあって…。」

亮「はい、何でしょう…。」

女「その…えっと…冒険者ってどうやってなればいいか、知ってる?」

 

女は少しモジモジした様子で言った。

亮とフリルは顔を見合わせる。

 

亮「もしかして、冒険者になりたいとか…ですか?」

女「だからそう言ってるでしょ!教えてよ!あんた冒険者でしょ!?」

 

女はやや怒った口調で言う。

 

フリル「なんだお前、ちょっと怪しいぞ。」

女「なんですって、この小娘!!」

亮「フリル!!」

 

亮はフリルをたしなめる。

 

亮「すいません、仲間が失礼をしました。よかったらそこのギルドの中で話しませんか?その方が手っ取り早いですし。」

女「…ええ、わかったわ。」

 

三人はギルドの中に入る。

亮はマスターに声をかける。

 

亮「すみません、冒険者志望の方がいるんですけど、書類出してもらえます?」

マスター「ん、ああいいけど…そっちの人?」

 

マスターが先ほどの女を見る。

 

亮「はい。とりあえず書類を見せて説明をしようと思って。」

マスター「ああ。じゃあちょっと待ってな。」

 

マスターは机の下をごそごそした後、一枚の紙を出す。

 

マスター「ほい。これが冒険者の認可のための書類だ。これにサインすれば冒険者になれる。」

女「えっ…それだけ?」

 

女があっけにとられた表情をする。

 

マスター「ああ、だがすでに冒険者になってるやつの推薦のサインが必要だ。誰か知りあいがいるといいんだが。」

女「知り合いは…。」

 

女はしばし沈黙した後、亮の方を向く。

亮はぎょっとした顔をする。

 

女「ねえ。」

亮「は、はい…。」

女「キミ、私の推薦人になってくれない?」

亮「えっ、僕が?でも…。」

女「でも?」

亮「お姉さんのこと、何も知らないですし…。戦ったりとか、できるんですか?」

女「ええ、私魔法が得意だわ。錬金もできる。」

亮「なるほど…そうだなあ…。」

 

亮はしばらく考え込んでいる。

そしてうなずくしぐさをすると、彼女に向かって話し出す。

 

亮「じゃあ、ちょっとテストさせてもらっていいですか?今から手ごろなモンスター退治の依頼を探して、あればそれをやってもらおうと思うんです。」

女「なるほど。いいわよ、やってあげる。」

 

女は自信に満ちた表情で答える。

 

亮「マスター、何か初心者向けの退治依頼ありますかね?」

マスター「ああ、そうだな…初心者の定番と言えばまあこれかな。」

 

マスターは壁に貼ってある紙を示す。

 

亮「えーと、なるほど。緑ぷるぷる5体ね。報酬は100ゴールドか…。」

女「緑ぷるぷるぅ?そんなの誰でも倒せるじゃない。テストする意味あるの?」

 

女が不満げに言う。

 

亮「え?そ、そうですか…。」

 

亮(なんだろう、この人やけに自信ある感じだな…。)

 

フリル「…自惚れは身を滅ぼすぞ。」

女「小娘は黙ってなさい!!」

 

女がいきり立つ。

 

亮「まあまあ。あの…一応これでやってみてもらえませんか?冒険者になるための、最低限の資質みたいなものを見たいだけなので。」

女「はぁ…そう、わかったわ。それで場所は?」

亮「ここから北の、ぷるぷるの森です。」

女「何その、ぷるぷるしかいませんみたいな地名は。」

亮「ぷるぷるしかいないんです。」

 

女はしばらく沈黙する。

 

女「どういう生態系になってるの、その森…。」

亮「僕もよく分かりませんが…でも、場所はわかります。今から行っていいですか?」

女「…ええ。さっさと行って済ませましょう。」

 

​番外編 リーネ登場​(2)

 

亮たちはギルドを出て、すぐさま街をあとにした。

道に沿って、北の方角に向けて歩いていく。

 

亮「ここから近いので、すぐに着きますよ。あ、そうだ…。」

 

亮は思い出したように、女に向かって言う。

 

亮「まだ自己紹介してませんでしたよね?僕は、亮っていいます。こっちは仲間のフリル。」

女「私はリーネ。さっきも言ったけど、魔法使いよ。」

亮「へー、どんな魔法を使うんですか?」

リーネ「攻撃魔法。氷属性ばっかだけど。」

 

二人はしばし沈黙する。

亮はすこし考えていたが、質問を思い付いて尋ねる。

 

亮「あの…リーネさんはどうして冒険者になりたいんですか?」

リーネ「…あんたたちには関係ないことよ。」

 

リーネはそっぽを向いていった。

 

亮(うわー、この人性格きっつー…。)

 

亮は少しビクビクし始めている。

 

ぷるぷるの森に着いた。

ぷるぷるしかいないということを除いては、木や草が生い茂っている、普通の森である。

 

亮「着きましたね。じゃあ僕たちは後ろで見てますから、どんどんやっつけちゃってください。」

リーネ「ま、ぷるぷるごとき、本気出す気にもならないけど。」

亮「あ、大事なことが!」

 

亮は思い出したように言う。

 

リーネ「…何?」

亮「ターゲットは“緑”ぷるぷるです。緑以外のはノーカウントになりますから注意してください。」

リーネ「…なんかそれだけちょっとめんどくさいわね。」

亮「草や葉っぱに紛れてて、見付けづらいですからね。注意して見つけてくださいね。」

リーネ「はぁ…わかったわよ。」

 

リーネはため息をつく。

フリルはそんなリーネをじっと見ている。

 

リーネ「…何?そんなじろじろ見て。」

フリル「もし全力出さずにぷるぷるに負けたら末代まで笑うから。」

 

リーネはカチンときた。

 

リーネ「何よあんたさっきから!?私に恨みでもあるの!?」

亮「あああ、ごめんなさいごめんなさい!ほんとにごめんなさい!!この子、礼儀とか遠慮とか知らなくて…。」

フリル「…………。」

 

フリルは無表情のまま表情を崩さない。

 

リーネ「いいわよ!!わかったわよ小娘!!私の本気を見せてやるから!!腰抜かすといいわ!!」

 

リーネは吐き捨てるように言った。

亮は頭を抱えているが、フリルは気にした様子はない。

 

リーネ「よぉし…出てこい緑ぷるぷる…!引導を渡してやるわ…!!」

 

リーネの瞳が燃え上がるように輝く。

 

しばらく三人は歩いていく。

そして。

 

リーネ「…!!」

 

少し遠くに見える木の枝のところに、いる。

木の葉に隠れてわかりにくいけれども、確かに、いる。

 

リーネは目を光らせ、笑みを浮かべる。

そして杖を握りしめ、精神を集中させる。

呪文を唱え始めた。

亮とフリルの二人には、何を言っているのかよく分からない。

杖が青白く輝きだす。

リーネの全身も輝きだした。

彼女の目が、くわっと開く。

 

リーネ「いけぇ!!」

 

リーネの杖から氷のビームが放たれる。

それは緑ぷるぷるのいる木の幹に命中し、木をどんどん凍らせていく。

氷は木全体を飲み込むが、まだ大きくなっていく。

最終的に、高さ10メートルはあろうかという、巨大な氷柱へと変わった。

 

亮「え、えええええ!?」

フリル「……………。」

 

二人はそれぞれ異なった驚きの反応を示す。

 

亮(す、すっげぇ…!)

 

亮はだいぶ前に会った、魔法使いのララのことを思い出す。

彼女は確かにベテランで、魔法の実力も十分だった。

しかし、今目の前にいるリーネは、ララとは次元が違う。

 

リーネ「ま、こんなもんよ。どう?驚いた?」

 

リーネは亮たちの方を振り向いて、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

亮はしばらく圧倒されていたが、一つ気がかりなことが頭に浮かんだ。

 

亮「すごい…すごいと思います…。あの、でも…。」

リーネ「…何よ。」

亮「MP、大丈夫ですか…?」

リーネ「うっさいわね!!あんたたちが本気でやれって言ったんじゃないの!!」

 

リーネは怒った声を出す。

 

亮「あ、そうだ。ちゃんと緑ぷるぷるを仕留められているかどうか、チェックしないといけないです。もし逃げてしまっていたらノーカウントですからね。」

リーネ「…これで逃げてたら、私、馬鹿みたいだわ。」

 

三人は木に近づく。

先ほどの木の枝のところから動かないまま、緑ぷるぷるは氷漬けになっていた。

 

リーネ「よかった…。」

 

リーネはほっと息をつく。

 

亮「でもまだ4体倒さないといけないですからね。まだまだこれからです。」

リーネ「ふん上等よ。この際だから、あんたたちに氷の魔法のすごさを教えてあげるわ。」

 

その後リーネは、緑ぷるぷるを見つけ出すたびに、異なる種類の氷の魔法を唱えていった。

杖から氷の矢を乱れ撃つ魔法。氷の嵐を呼ぶ魔法。空から巨大な雹を降らす魔法。氷の剣を手にし切り裂く魔法。

 

亮(緑ぷるぷる、ごめん…。フリルがあんなこと言ったから…。)

 

亮は申し訳ない気分になってきた。

 

亮「えーと…ちゃんと5体倒しましたね。一応テストはこれで合格です。」

リーネ「はあ、はあ…。ぷるぷるでこんなに疲れたの初めてよ…。」

 

リーネはさすがに消耗している様子である。

フリルがそこに近づいていく。

 

リーネ「…何?またイヤミ言いに来たの?」

フリル「違う。前言撤回だ。お前はすごい。」

 

リーネは驚いた表情をしたが、すぐぷいっとそっぽを向く。

 

リーネ「ふ、ふん…当然でしょ?最初から言ってるじゃない。」

 

しかしどこか嬉しそうな感じがするのは気のせいだろうか。

 

亮「さ、帰りましょうか。」

 

リーネはうなずく。

 

三人はぷるぷるの森をあとにした。

道に沿って、街へ向かって歩いていく。

 

リーネ「で、これであんたたちは推薦人になってくれるんでしょう?」

亮「いえ、それがまだこれだけではいけなくて。」

 

リーネに怒りの感情がわき起こる。

 

リーネ「はぁ!?あんたたちの言うとおりにして、テストをやったんじゃない!!何がいけないのよ!?」

亮「ごめんなさい…。でもあの…冒険者って強いだけじゃダメなんです。」

リーネ「…どういうこと?」

亮「…冒険者は、人を助けられる人じゃないといけないんです。人を助けるための仕事なんです。だから、リーネさんがその力を何のために使うのかが知りたいんです。」

リーネ「人を助けるためよ。」

 

リーネは即答した。

 

リーネ「たぶん、10万人、100万人…もしかしたら、それ以上の人の命が救われることになる。」

 

リーネは亮の方を見ずに、遠くを見つめながら、そう言った。

 

亮「え、それは一体どういう…?」

リーネ「悪いけど、あんたたちには話せない。私の問題だから。私自身がやらなければならないことなの。」

 

亮は疑問に満ちた表情をしていたが、彼女の目、表情から強固な意志を見て取った。

 

亮「…わかりました。あなたを冒険者として認めます。ギルドに戻ったら、ちゃんとサインしますね。」

リーネ「…ありがとう。」

 

リーネは少し下を見て、ぼそっと言った。

 

ギルドに着いた。

リーネが書類にサインをした後、亮もサインする。

 

マスター「はい、これであんたも冒険者の仲間入りだ。活躍してくれよ。」

亮「よかったですね、リーネさん。」

リーネ「ええ、まあ…ね。」

亮「お互い頑張りましょう。わからないことがあれば、何でも聞いてください。」

リーネ「ええ。その…世話になったわね。」

 

リーネがやや不機嫌そうな表情で言う。

しかしそこに別の感情が混ざっているようにもうかがえる。

フリルは彼女をじーっと見つめ、ぼそっと言う。

 

フリル「照れ屋。」

リーネ「うっさい!!」

 

リーネ登場 おわり

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(1)

 

亮とフリルは、一仕事終え街を散策している。

 

亮「フリル、どこか見に行きたいところとかある?」

フリル「………。」

 

フリルはどうやら考え込んでいる様子である。

 

亮「あ、なければ別にいいんだけどね。」

フリル「………街広場。時計塔が見たい。」

 

この街の広場には、大きな時計塔がある。

一流の技師が手がけた、からくり仕掛けの時計塔である。

正午に鐘が鳴り、同時に人形たちが動く大掛かりな仕掛けがあるのだ。

 

亮「ああ、もうすぐ昼だね。行ってみようか。」

 

フリルはコクリと頷く。

 

二人が広場に来ると、多くの露店や店が並んでおり、人で賑わっていた。

 

亮「フリル、何か欲しい物ある?」

フリル「………。」

 

フリルはまた思案する。

そのときフリルのお腹がぐうと音を立てた。

 

フリル「………あれ。」

亮「ん?」

 

フリルは亮を引っ張り、露店の方に連れていく。

どうもスイーツを売っている店のようだ。

 

店主「らっしゃい!甘いアイスやクレープはいかが?彼女のプレゼントにぴったりだよ!」

 

亮はあはははと苦笑いを浮かべながら、店主に会釈する。

 

フリル「………これ。」

 

フリルは亮に声をかけ、『禁断の果実パフェ』と書かれている商品の札を指さす。

 

亮「…これがいいの?」

 

フリルはコクリと頷く。

 

店主「お、いいの選んだねえ!これは街の名物のパフェさ!あまりに甘くて美味すぎて、これを食べたら最後、二度と他のスイーツを食べられなくなってしまうくらいだよ。味が忘れられず、定期的に食べないとおかしくなってしまうくらい、美味いんだぜ。」

 

亮はそれを聞いて、不安に襲われる。

 

亮(そんなヤバい物フリルに食べさせたら、大変なことになるのでは…?)

 

フリルも少し引いている様子である。

 

その時、亮たちの隣に客が来た。

 

女「『禁断の果実パフェ』」一つ。」

店主「お、あいよ、姉ちゃん!」

 

その女の声には聞き覚えがあった。

亮とフリルは女をじーっと見つめる。

茶色のローブを身にまとい、青色の長髪、丸いメガネを身につけている。

女がこちらを向いた。

 

女「ん?何よあんたたち。」

 

その顔は確かに覚えている。

以前冒険者になるのを手伝い、同行した、氷の魔法使いリーネである。

 

亮「リーネさん!!」

リーネ「あーーっ!!!あんたたちは!!!」

 

リーネは大きな声を出す。

 

店主「え、何?もしかして知り合い?」

亮「あ、はい。以前ちょっとしたご縁で一緒になって…。」

リーネ「そうそう、あの時は世話になったわね。」

亮「まさかこんなところで再会できるなんて、すごい偶然ですね!!。」

リーネ「うんうん!」

 

フリルも同時にコクコクと頷く。

 

店主「じゃあ、悪いが先に注文決めてくれねえか?とりあえず姉ちゃんと嬢ちゃんは『禁断の果実パフェ』で、兄ちゃんはどうする?」

亮「あ、えーと…。」

 

亮はしばらく考える。

だがこれといって欲しいものがない。

 

亮「…じゃあ僕もその『禁断の果実パフェ』で。」

 

こうして3人とも『禁断の果実パフェ』を買うことになった。

3人はパフェを受け取り、噴水の近くのベンチに移動し、座った。

パフェを食べつつ、別れた後の経緯を話している。

 

亮「そうなんですか、依頼をいくつか達成されたんですね!おめでとうございます!」

リーネ「そんな大したことじゃないわよ。もぐら退治とか子供たちに魔法の知識を教えるとかだし。」

亮「いえでも、立派な仕事ですよ。」

リーネ「そ、ありがと。」

 

亮たちが話している間、フリルは夢中になってパフェを食べている。

どうやらとても気に入ったようだ。

店主が豪語するだけのことはある。

 

リーネ「あんたたちに出会えてちょうど良かったわ。今すごく重大な事件を追っていてね。私一人では手に負えないから、あんたたちにも手伝って欲しいの。」

 

リーネは急に真剣な眼差しでこちらを見て、言った。

 

亮「はい、僕たちで手伝えることなら…。どんな事件ですか?」

 

リーネは深いため息をつくと、重々しい口調で語り出した。

 

リーネ「今あちこちの村が襲われているの。一人の魔女によって。村人たちは無惨にも殺されていっているわ。」

亮「魔女?」

リーネ「…ええ。元錬金術師だけど、悪魔に魂を売り渡した女。私の姉、リーエ・ユーベルトよ。」

亮「えっ!?お姉さん!?」

リーネ「…そうよ。紛れもなく私の姉よ、あのクズ女は。」

亮「…………。」

 

リーネは内なる怒りをほとばしらせながら、続けて言う。

 

リーネ「もう襲われた村は二十を超えるわ。いずれも黒のローブの女がやったと目撃情報が入ってる。私も追いかけて、一戦交えたんだけど、勝てなかった…。」

亮「…………。」

 

リーネは辛そうに声を出す。

亮はリーネの心情に考えを巡らせている。

家族が大量虐殺をしており、戦わなければならないというのは、なんと辛いことだろう。

しかし亮には疑問が生まれる。

 

亮「あのなんでお姉さんはそんなことをしているんですか?昔からそうだったんですか?」

リーネ「いや、昔は優しい姉だったわ。私たち一家は盗賊の襲撃に巻き込まれて、一家バラバラになってしまったの。両親は殺され、姉と一緒に逃げたけど、姉は私を逃すため囮になったの。それ以来、最近まで生き別れになってたわ。」

亮「…………。」

リーネ「再会した時、姉は前の姉ではなくなっていた。あの冷たい目、別人みたいに変わっていた。村人たちの死体を指差しながら尋ねたわ、これはあんたの仕業なの?、と。」

亮「…………。」

 

亮とフリルは沈黙している。

あまりにもシリアスで、ただ聞いていることしかできない。

 

リーネ「姉はただ、私の邪魔をするな、とだけ言った。目的はわからない。私は魔法を放ったけど、それをそっくりそのまま返されて…。」

亮「…………。」

リーネ「あの女をこのままにしてはおけない。私が必ず仕留めると心に誓ったの。それでまたずっと追跡してたのよ。」

亮「そうだったんですね…。」

リーネ「…なんだけど、この辺の地理に不慣れでね。村への行き方がわからないのよ。地図はあるんだけどね。」

 

リーネは肩をすくめ、首を振る。

 

亮「それって。」

 

亮とフリルは顔を見合わせる。

普通街や村の間には道が続いており、道なりに進めば迷うことはないはずである。

 

フリル「…もしかして、方向音痴?」

亮「その可能性はある。」

 

亮とフリルは小声でボソボソと話す。

 

リーネ「何そこでひそひそ話してんのよ?つまり、あんたたちに村への案内を頼みたいの。報酬は払うわ。」

亮「僕は構わないです。フリルは?」

 

フリルはコクリと頷く。

 

リーネ「よし、決まりね!ただ、あの女を倒すのは私だからね。あんたたちは手を出さないで。よろしくね。」

亮「はい、わかりました。」

 

亮(でも、万一の時は助けないとな…。)

 

亮はいざとなったときに自分がリーネを守る決意をした。

亮がフリルの方を向くと、フリルはコクリと頷き返した。

 

リーネは地図を広げ、これまで襲われた村を指で示す。

そして最後に襲われた村から、地理的に次襲われるであろう村を割り出していた。

 

リーネ「この村よ!ここが次狙われる可能性が高いわ!」

亮「なるほど…。」

リーネ「もし外れても、村人たちに警告を伝えることはできる。行きましょう!」

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(2)

 

3人は街から南に行ったところある村へと急いだ。

 

亮「フリル。」

フリル「………何?」

亮「時計塔、ごめんな。また今度見に行こう。」

 

フリルはコクリと頷いた。

 

次第に空に黒い雲がかかってきて、雨が降り始める。

3人は休憩をとりつつ、かなりの時間歩き続けた。

 

もう時刻は夕方近くになっていた。

 

リーネ「ここだわ…!」

 

3人は村にたどり着いた。

着くとともに、どんよりとした空気が3人を包む。

 

亮「あれは…!見て!!」

 

村にはあちらこちらに村人らしき人が横たわっていた。

ある者は体が焼け、ある者は血まみれで、またある者は全身が凍り付いていた。

 

亮「ひどい…!!」

 

亮たちが近づいて安否を確認したが、息のある者は一人もいなかった。

 

リーネ「あいつの仕業よ、間違いない!!」

 

衝撃とともに怒りを覚えるリーネ。

3人は生存者の確認とともに、リーエの捜索を始めた。

 

しばらくして3人は、村の中央広場に到着した。

そこは周辺よりいっそう暗く、よどんだ空気に包まれている。

そこに、黒のローブを着た人物が立っている。

その人物は横たわっている村人のそばで、何やら呪文らしきものを唱えている。

リーネはその光景を目にするなり、飛び出した。

 

リーネ「リーエ!!これ以上はさせない!!」

女「……!」

 

黒のローブの女はこちらを振り向いた。

フードの下はリーネと同じ、青の髪である。

しかし表情は無く、青の目はこの上なく冷徹な視線を放っている。

右手には杖を手にしており、その先端の球面が黒色に輝いている。

 

亮(この人がリーネさんの姉。)

 

確かに顔は似ているが、二人の雰囲気はまるで違う。

リーエの姿からは、あらゆるものを寄せ付けないような、孤高で威圧的な雰囲気がにじみ出ている。

 

リーネ「あんたの非道もここまでよ!!一家の恥!!引導を渡してやる!!」

 

リーネが叫ぶ。

リーエはそれを涼しげな表情で聞くと言った。

 

リーエ「リーネ、あのとき警告しましたね。邪魔をすれば殺す、と。」

リーネ「それが何よ!!死ぬのはあんたよ!!」

 

リーネは怒りに全身を震わせている。

 

リーエ「そう。哀れですね、身の程を知らぬ者は。一度は命まで取りませんでしたが、二度はありません。」

リーネ「上等よ、ここで全部終わらせてやる!!」

リーエ「無力さと後悔の念に包まれながら、死になさい。」

 

リーネは呪文を詠唱し始めた。

それに呼応するようにリーエも呪文を詠唱する。

亮とフリルはいつでも飛び出せるような態勢で、様子をうかがっている。

 

しだいにリーネは青白い輝きを放つようになり、それがどんどん強まっていく。

リーエの方は、杖の先端の黒の輝きが増していっている。

リーネは青白い輝きとともに呪文を唱え終えると、右手をばっと振り上げた。

すると輝きがリーエの頭上に移動し、無数の氷の刃を形成した。

リーネが手を振り下ろすと、氷の刃たちはリーエめがけて勢いよく降下した。

リーエは避けるそぶりも見せない。

氷の群れはリーエに命中する少し手前で、全て消滅していった。

 

リーネ「!!!」

 

リーネは驚くが、すぐに気を取り直し、次の呪文を唱える。

今度は対象を取り巻く空間の温度を著しく下げ、生命活動を停止させる魔法である。

リーネが呪文を唱え終えると、リーエの周囲に美しいダイヤモンドダストが現れていく。

亮たちのいる少し離れたところからでも、寒さを感じ取れる。

しかし、リーエは無表情のまま、微動だにしない。

全く通用していない様子である。

 

リーエ「こんなものですか?」

リーネ「そんな一体。」

 

リーネは呆然としながら眼前の光景を見つめている。

リーエが何か短く言葉を唱えると、ダイヤモンドダストは瞬時に消え、辺りの温度は元に戻った。

リーネの瞳孔が開き、肩がビクッと震える。

リーエは先ほどから黒く輝いている杖をリーネに向け、また短く言葉を発した。

すると、杖の先端から黒の縄のようなものが出現し、リーネ目掛けて飛んで行った。

リーネは縄にぐるぐる巻きになり、体の自由を奪われる。

縄はリーネを強烈な力で締め付け、次第に輪の面積を狭めていく。

 

リーネ「うあぁぁ!!うぐっ、ああぁぁぁぁ!!」

 

リーネは痛みのあまり絶叫する。

 

亮「リーネさん!!」

リーエ「そのまま全身ちぎれてバラバラになりなさい。」

 

亮は弓を構える。

それよりも早く、フリルがリーエ目掛けて飛びかかっていた。

素早い動きでリーエの首を狙い、ダガーを振りかざす。

しかし、ダガーはリーエのすぐ手前で、金属音とともに動きを止める。

まるで見えない壁があるかのようだ。

 

フリル「………!?」

 

フリルは事態を把握できず、困惑した表情をしている。

リーエが杖をスーッとフリルの方に向ける。

フリルは動かない。

いや、間近に見るリーエの姿に恐怖し、動けないのだ。

 

亮「フリル!!危ない!!」

 

亮が叫び終わる前に、リーエが短く言葉を発し、左手を天に掲げる。

左手が黄色く光り、上空の雨雲がカッと光ったと思った瞬間、すさまじい轟音とともに落雷がフリルを襲った。

直撃を受けたフリルは声を発することもなく、その場に倒れ込んだ。

亮はしばし呆然としていたが、その表情は怒りとともに歪んでいく。

 

亮「フリル、フリル!!ちくしょう!!」

 

亮は矢を放つ。

休む間もなく、次から次へと、ありったけの矢を放っていく。

弓矢の熟練が進んだこともあり、速射にもかかわらず、かなりの割合で矢がリーエ目掛けて正確に飛んで行った。

しかし、それらの矢は全てリーエの手前の地点で弾かれ、乾いた音を立てて地面に落ちていった。

亮は肩で息をしながら矢筒に手を伸ばしたが、もはや矢は一本も残っていない。

 

リーエ「気は済みましたか。」

 

リーエはそう言うと、亮に向かいゆっくりと歩き始める。

既にリーネは地面に横たわっており、悲鳴も止んでいる。

リーネを縛っていた黒の縄が音を立てて、スーッと消えた。

リーエはリーネの方をちらっと見て言う。

 

リーエ「バラバラにはなりませんでしたか。多少の魔法抵抗力はあるようですね。」

 

リーエはリーネに構わず、亮の方へ歩みを進めていく。

亮はもはや戦意を失っていた。

今になって、全身に震えが起こる。

逃げることもできない。

 

リーエ「死ぬ前に一つ、教えてあげましょう。もはや手遅れですが。」

 

リーエは落ち着いた口調で淡々と話す。

 

リーエ「弱きことは、罪です。そして弱き者が身の程を知らぬことは、さらに大きな罪です。」

 

亮は自分の無力さを思い知る。

村人たちはおろか、大事な仲間さえも守ることができない。

リーエが亮に近づく。

そして杖の先端を亮の頭に向ける。

亮は観念し、目を閉じる。

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(3)

 

リーエ「あなたは、違う?この世のものではない?」

 

亮はハッとして目を開ける。

リーエは今まで一貫して落ち着いた口調で話していたが、この時は少し違った。

少しばかりの意外と驚きの感情が含まれているようだった。

 

リーエ「もしかして、あなたが、魔教団の言っていた。」

 

亮は魔教団という単語を聞き、全身に動揺が走る。

イリスやセイン達が敵対していた、あの魔教団のことだろうか。

ということは、リーエはイリス達の敵でもあるということなのか。

 

???「魔女め、まだそんなたわけたことをしておるのか。」

 

不意にどこからともなく、低くしゃがれた声が響き渡る。

亮は辺りを見回す。

声が止むと、亮とリーエのすぐ近くが光り出し、光の中から一人の年老いた男が現れた。

魔法のハットにローブに杖、見るからに魔術師という感じのいでたちである。

 

リーエ「また私の邪魔をしに来たのですか。」

 

リーエは老人を見て言う。

今までの落ち着いた口調が、かすかに苛立ったものへと変わる。

 

老人「わしの目が黒いうちは、お前に好き勝手させんわ。今度こそ仕留めさせてもらう。」

リーエ「愚かな。何度来ようが無駄なことが、まだ分からないのですか?」

 

亮は二人のやり取りをじっと聞いている。

どうも老人は過去にリーエと相まみえた様子である。

老人は右手の杖を持ち上げ、何か叫ぶと杖が明るく光り出した。

杖から輝きが放たれたかと思うと、しだいにフリルとリーネの周囲を取り巻いていった。

 

老人「心配するな、あの者たちは助かる。」

 

老人は亮に向かって言った。

亮は返事もできないまま、ただその光景をじっと眺めている。

光が消えると、老人はリーエの方を向き、一歩前に出た。

 

老人「魔女よ。この者たちを巻き込みたくない。場所を変えさせてもらうぞ。」

リーエ「どうぞご自由に。良い死に場所を選ぶのね。」

 

老人は呪文を唱えるとともに、体が光に包まれ、上空へと飛び上がった。

リーエも呪文を唱え、黒い光に包まれながら飛翔し、老人を追いかける。

二人は、亮たちの真上から水平に少し距離をおいた場所へ飛行し、空中で対峙した。

亮からは、二人の体はだいぶ小さく見える。

 

老人「ここらでいいかの。村を巻き込むこともあるまい。」

リーエ「死に場所が決まったのなら始めましょう。」

老人「そうじゃのう。お前の魔術の腕に敬意を表し、ミイラにでもして、魔導博物館に飾ってやるわ。」

 

老人は言うなり、杖をくるくる回しながら呪文を唱え始める。

リーエもほぼ同時に呪文を唱え始めた。

亮はしだいに落ち着きを取り戻し、リーネとフリルの元へ向かう。

リーネの方はあちこち裂けた服の下に痛々しい縄の跡があり、身体が黒ずみ、出血もしている。

フリルは衣服の一部が黒く焦げて縮んでおり、皮膚も焼けて葉のような模様の痕ができている。

ただ、両者とも息があるのは感じ取れた。

 

(あの人が助かるって言ってたけど)

 

二人ともどう見ても瀕死の重傷だ。

亮は魔術師たちの戦いを尻目に、二人の手当をすることにした。

 

空ではリーエと老人が魔法の応酬を繰り広げている。

老人が山のように巨大な大岩を放ったかと思えば次は無数の光輪を放ち、一方でリーエは竜巻を呼び起こし杖から数匹の黒龍を放つ。

二人が放つ魔法は、亮が知っているものとはスケールが違った。

 

(あの爺さん、押されてる)

 

魔法の素人の亮でもそれがわかった。

老人の魔法はリーエの見えない壁に遮られ、命中することはない。

しかしリーエの魔法は老人に当たる。

老人は時折空間を転移しながら、辛うじて直撃をかわしている様子であった。

 

リーエ「どうしました、大口叩きながら逃げ回るだけですか?」

老人「ふん、まだ終わったわけではないぞ。」

 

老人はリーエの周囲をぐるぐると旋回し始めた。

リーエはやや不審な表情をしつつ、魔力の光線を放つ。

老人は旋回しながら空間を転移し、光線をかわす。

 

老人(そろそろじゃのう。ここら一帯に魔力の残滓が満ちておるわ。)

 

老人はリーエの真上まで飛び上がると、杖を掲げて叫ぶ。

 

老人「魔女よ!お前の魔力を使わせてもらうぞ!!」

 

言うなり、老人の掲げた杖が大きく輝き、リーエと老人を包む。

あたかも地上から見える太陽が大きくなったかのように、まばゆく輝いた。

遠くにいた亮が眩しくて目を開けていられない程であった。

 

(すごい眩しい…一体何をしてるんだ…?)

 

しばらくして、光は集まって大きな球体を形成し、リーエと老人はその中にいた。

リーエは周囲を見回しながら言う。

 

リーエ「これは、まさか…。」

老人「知っておろう、封魔結界じゃ。お前の魔力を封じるため、あらかじめこの場所に仕掛けておいた。」

 

リーエは狼狽した表情を見せる。

 

老人「お前ほどの魔術師を封じるためには、それだけ大掛かりな結界と魔力が必要だ。そのためここでお前と戦い、空間を魔力で満ち溢れさせた。わかるか?お前はまんまと誘い出された間抜けということじゃ。」

リーエ「おのれ!!」

 

リーエは怒りをあらわにし、老人に向かって電撃を放つ。

 

老人(なんと!この結界内でまだ魔法を使えるとは!底知れん奴じゃわい…。)

 

老人は杖で盾を作り、電撃を受け止める。

 

老人「なんじゃその弱々しい魔法は。蚊が刺したようなもんじゃのう。さあ、観念せい!わしの魔力はそのままで、お主は雑魚。もはや勝負は決まったの。」

リーエ「くっ…!」

 

リーエは身を翻し、球体の外へ逃れようとした。

しかし、球体の壁はリーエを外に逃さず、ブロックしている。

 

老人「無駄じゃ。知っておろう、逃げられんことは。ここはお主の墓場じゃ。諦めい。」

 

老人は杖をリーエに向け、先端から無数の光弾を放つ。

リーエの見えない壁はもはや機能を失い、光弾はリーエに命中していった。

 

リーエ「ぐっ…はぁっ…はぁっ……。」

 

リーエの黒のローブはボロボロになり、全身から血を流している。

 

老人「魔女よ、最後に言い残すことはあるか?」

 

老人は杖をリーエに向け、言い放つ。

リーエはそれを聞くと、目を閉じ、杖を両手に持って何やら唱え始めた。

 

老人「ふん、念仏のつもりか?それとも最後の足掻きか?いずれにしてもこれで最後だ。」

 

老人は呪文を唱えると、杖から光があたりに散乱し、無数の光の球を形成した。

光の球は次第に蟲の姿へと実体化していった。

 

老人「さあ行けい!!あの者の肉体を喰らってしまえい!!」

 

老人が叫ぶと、蟲たちはリーエに向かって飛んでいった。

リーエは身動きせず、杖を構えて何かを唱え続けている。

 

老人(これは…奴の魔力が急激に高まっている!!まさかあれを!?)

 

蟲たちがリーエの目と鼻の先まで迫ると、リーエはかっと目を開き、大声で叫んだ。

するとリーエの体から黒い光が溢れ、蟲たちを飲み込んでいき、大爆発を起こした。

 

老人「ぬうっ!!」

 

老人は爆風で吹き飛ばされた。

封魔結界は強大な魔力の爆発により破壊され、光の輝きは失われた。

亮は大規模な爆発に驚き、呆然とその光景を見つめていた。

老人は空中で体勢を立て直すと、爆発の中心部を見てぽつりと言った。

 

老人「自爆とはな…危ないところじゃった。死なばもろともということか、愚か者め。」

 

老人はしかし、僅かな魔力の移動を感知した。

 

老人「まさか、逃げただと…!あれだけの爆発で死なぬとは、なんという奴じゃ…。」

 

亮はしばらく爆発の光景を見ていたが、しばらくして一筋の光がこちらに向かってくるのに気づいた。

老人は亮の元へと飛行してきて、地に降り立った。

 

老人「ふぅ…全く、あんな怪物を相手にするのはやってられんわ。おぞましさで背筋が凍るわい。」

 

老人は笑みを浮かべながら、亮に向かってつぶやいた。

 

亮「あの…勝ったんですか?」

 

亮が真剣な表情で尋ねる。

 

老人「どうやら逃げられたようじゃ。すぐに後を追わんといかん。」

 

老人は首を振りながら答える。

 

老人「警告しておこう。命が惜しければ、奴とは闘わんことじゃ。奴を倒すのはこのわしじゃ。ハインツ・グロムナード。名を聞いたことはあろう。」

 

亮は首を振る。

 

ハインツ「なんじゃ知らんのか。まあよい、警告はした。次は助けんからの。」

 

ハインツはそう言って呪文を唱えると、光のゲートが現れた。

ハインツがゲートを潜ると、その姿は見えなくなり、やがて光も消えていった。

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(4)

 

亮はフリルとリーネを村人の家屋へと運び、手当てをし続けていた。

もう辺りは真っ暗になり、雨が降り続いている。

亮は疲れ、しばし休息する。

二人の顔を覗き込むと、目を閉じ静かに眠っているかのように見えた。

 

亮(どうか助かってくれ…!頼むよ神様…!)

 

亮は念じ続けた。

同時に、リーエの言っていたことを思い出す。

弱きことは、罪。

あまりにもシンプルだが、もっと自分に力があれば、ハインツのような魔法が使えれば、仲間に怪我を負わすことはなかったかもしれない。

重たい時間が流れる。

 

亮は再び二人の手当てを再開した。

治癒薬を二人の身体に塗っていく。

フリルは大火傷を負い、リーネは裂けた皮膚から出血していた。

亮の懸命な手当てで、応急処置は無事完了した。

 

亮「あとは二人の体力次第、かな…。」

 

亮はまた一休みする。

そのうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

明朝。

誰かが自分を呼ぶ声がする。

 

???「おーい、大丈夫ですか?しっかりしてください。」

 

亮は声に気付き、ばっと跳ね起きた。

 

???「ああ良かった、無事だったんですね。救助に参りました。」

 

その声の主は、兵士のいでたちをした若い男だった。

 

亮「あ、あの…?」

兵士「もう心配ないですよ。私たちはヴァロンの兵士です。村が襲われていると聞き、駆けつけました。」

亮「あ、そうだったんですね…。ありがとうございます。」

兵士「そちらの方々も、大丈夫ですか?」

 

兵士はフリルとリーネの方を見て言う。

 

亮「あ、実は怪我を負ってまして…。」

兵士「なるほど、ちょっと見せてください。」

 

兵士は二人の毛布を外し、怪我の様子を見る。

 

兵士「ううむ、これはひどい。すぐに治癒士を呼んできましょう。待っててくださいね。」

亮「はい、ありがとうございます。」

 

兵士は家を出て行った。

亮は、二人が助かるかもしれないという希望で胸がいっぱいになった。

しばらくしてドアをノックする音が聞こえる。

 

女の声「失礼します。」

亮「はい。」

 

ドアから中に入ってきたのは、僧衣を纏った40〜50代くらいの女だった。

 

女「怪我人がいると聞いたのですが。」

亮「あ、はい。ここに寝てる二人です。」

 

治癒士とおぼしき女は二人に近づき、毛布を外す。

 

女「どれどれ…これはひどいですね。こんな怪我見たこともないですよ。」

亮「治せそうですか…?」

女「ええ、やってみましょう。」

 

女は呪文を唱え始める。

すると両手がほんのり光り始めた。

その両手を、フリルとリーネに向けてかざす。

 

女「よく助かりましたねえ。あの魔女がやったんでしょ?」

亮「あ、はい。」

女「村のそこらじゅうに死体が転がってます。むごたらしいったらありゃしない。」

 

女は不機嫌そうに言う。

 

亮(リーネさんの姉ってことは黙っておかないとな…。)

 

亮は気をつけることにした。

その時、また家のドアのノック音が聞こえる。

 

男「失礼する。」

 

声と共に入ってきたのは、立派な鎧を身につけた中年の男だった。

先ほどの若い兵士も一緒だ。

二人は亮の元へと歩み寄る。

 

男「ヴァロン白羊騎士団団長のオセリウスと申す。君に今回の事件のことでいくつか聞きたいことがある。」

亮「あ、はい。僕は、亮っていいます。」

オセリウス「亮君か。まず、君たちは何者かを教えてくれないか?」

 

亮とオセリウスは、フリルとリーネの治療が行われている傍らで、今回の事件のことについて問答して行った。

亮たちが冒険者であり、魔女の噂を聞いて村に駆けつけたこと。

魔女はとてつもなく強く、歯が立たなかったこと。

ハインツ・グロムナードと呼ばれる老魔術師が魔女をあと一歩のところまで追い詰めたが、逃してしまったこと。

オセリウスは時折唸り声を上げながら、亮の話に聞き入っていた。

 

オセリウス「ううむ、俄かに信じられんが、あのハインツ殿が…。魔女の力はかくも強大なものなのか…。」

亮「ハインツさんのことをご存知なのですか?」

オセリウス「知ってるも何も、この世で三本の指に入ると言われる偉大な魔術師だよ!大賢者ガリオン、大司教ユーファス、そして大魔導師ハインツ。子供でも知ってる有名人だが。」

亮「あ、あはは…ちょっと世情に疎くて…。」

 

亮は作り笑いを浮かべ、頭を掻く仕草をする。

 

オセリウス「実はこの村にもあらかじめ警護の兵を送っていた。魔女に備えてだ。魔女が出現したとき、一人の伝令係を除いて、皆魔女と戦った。だが、彼らは無惨にも死体となっていた。」

亮「………。」

オセリウス「その伝令係が、ここにいるトーマスだ。彼の伝令を受け、我が本隊は村へと向かった。」

 

オセリウスは、若い兵士を見てそう言った。

トーマスと呼ばれた若い兵士は、うつむいて悲しそうな表情をしている。

 

オセリウス「我々は、あの魔女を、あの悪魔を倒さねばならん。だがどうすればいい?奴の力はあまりに強大だ。」

亮「………。」

オセリウス「ハインツ殿の言うように、我々には何もできることがないのだろうか?強大な魔力の前には、ただなすすべもなくやられていくしかないのだろうか…。」

 

オセリウスは首を振り、嘆き悲しむ。

亮は同じ思いを抱きつつ、黙って見つめる。

 

オセリウス「亮君、質問に答えてくれてありがとう。我々は村人と戦死した仲間の埋葬をしなければならん。君は治療が済むまでここで休んでいるといい。食料など必要なものがあれば呼んでくれ。」

亮「はい、ありがとうございます。」

オセリウス「では、亮君。仲間を大事にな。」

 

オセリウスとトーマスはそう言って家を出て行った。

亮と、治癒士の女と、フリルとリーネが残された。

 

女「もうしばらく待ってくださいね。かなり良くなってきましたので。」

亮「あ、はい。ありがとうございます。」

 

沈黙が流れる。

しばらくして、女はカバンをガサゴソと探り始めた。

 

女「さて、もういいかな。この秘薬を飲ませて…。」

 

女はフリルとリーネに薬品のようなものを飲ませる。

すると、フリルとリーネが声をあげて、動き始めた。

 

リーネ「う、う〜ん…。あれ、ここは?」

フリル「………???」

亮「リーネさん!!フリル!!」

 

亮が歓喜の声をあげる。

 

女「あ、まだあまり動かないでくださいね。動くと痛いですよ。」

リーネ「………誰?」

 

リーネは怪訝な表情をする。

 

亮「えっと、ヴァロン軍の治癒士さんで、いま村にヴァロンの兵士さんたちが来てるんです。魔女出現の伝令を受けて、白羊騎士団?だっけ、の本隊が来たと。」

女「マリエラですよ、名前で呼んでくださいね。」

亮「そう、そのマリエラさんが、ずっと二人の治療をしてたんです。」

 

リーネはマリエラをじーっと見つめる。

 

リーネ「そうだったの、ありがとうマリエラさん。助かったわ。」

 

リーネは言うなり、急に表情を険しくする。

 

リーネ「それよりも、あいつは!?どこにいるの!?」

亮「実は……。」

 

亮は二人に経緯を話す。

リーネは驚いた表情でそれを聞いていた。

 

リーネ「まさか、ハインツ……。あの大魔導師ハインツが戦ったって言うの!?」

亮「はい。でもどうやら逃げられてしまったようで。」

リーネ「………。」

 

リーネは驚きと共に言葉を失う。

亮は内心迷っていたが、ハインツが言っていた言葉を伝えることにした。

 

亮「ハインツさんは言っていました。奴を倒すのはこのわしだ。命が惜しければ手を出すな、と……。」

リーネ「………。」

亮「リーネさん。こんなことは言いたくないですが、魔女はハインツさんに任せて、僕らは手を引きましょう。」

リーネ「いやよ!!」

亮「リーネさん…。」

リーネ「あいつは、あいつだけは、この手で倒すと決めたのよ。絶対に諦めるもんですか!!」

亮「でもそしたらリーネさんが死んでしまいます!!」

 

リーネはしばし無言になり、その後口を開いた。

 

リーネ「……なら、強くなってやる。あいつよりも、ハインツよりも。最強の魔術師になってやるわ。」

亮「リーネさん…。」

 

亮はリーネに笑顔を向ける。

 

亮「僕も、強くなりたい…。非力でいることが、いかに仲間を危険にするのかがわかったから。リーネさん、一緒に強くなりましょう。」

 

フリルもコクコクと頷く。

 

リーネ「あんたたちと旅してると、いっぱい冒険できそうだし、魔法の修行にもなりそうね。いいわよ、一緒に行こう。」

 

こうして亮とフリルのパーティに、新たにリーネが加わった。

魔法使いは二人にとって大きな戦力となるに違いない。

リーエを倒すことを誓い、3人は軍の馬車でヴァロンの首都イェーネへと送られていった。

 

 

闇に堕ちし魔女リーエ おわり

 

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