タイトル未定(未完成)

No.1

主人公:鏡亮 年齢:16才 性別:男

わりとふつーの高校生。勉強はまあそこそこ。

比較的常識的な考え方の持ち主。逆にそれが自分の自由な発想を縛っている。

アニメやゲームが好き。インドア派。

神経質で、ちょっとしたことでも気にして考え込んでしまう。

人前に立って何かをするのは苦手。内気。

一度話せば打ち解けやすいし、気さくである。

後輩などに対して面倒見がいい。

むっつりスケベ。

優柔不断でどっちつかず。

世間的な標準のレールから外れたくない。

 

No.2

ヒロイン1:イリス 年齢:23才 性別:女

冒険者として生きる女性。剣術の達人。

強さ、優しさ、美しさを兼ね備えた、パーフェクトな存在。

と思いきや、性格が常識からぶっ飛んでて、普通ではない。

まず、大酒飲みで、酒を水と同レベルに扱うほどの酒好き。酔うと周囲に絡み始める。

次に、浪費癖が酷く、後先考えずに欲しいものを買ってしまう。

特にレアな物は何としてでも手に入れたいと思う。

「稼げば使えばいい。使えば稼げばいい」がモットー。でも借金はしない。

足りない金を稼ぐため、次々と高難度高報酬の依頼を解決していった結果、冒険者として一躍有名になってしまった。

 

冒険を何よりの生きがいと感じており、冒険のためには危険を顧みない。むしろ危険をスリルのように楽しんでいるところがある。

立派な大人であるが、無邪気な子供のように好奇心たっぷりで、知らないことに出合うと目を輝かせる。

時には周りを恐怖させるほど威圧的で暴力的な性格になることがある。キレたらとても怖い。でも味方に対してはキレない。

 

いろいろと難があるが、普段は陽気なムードメーカーであるし、底なしに優しい人物でもある。いざとなった時は大胆な決断をしたりもする。

No.3

ヒロイン2:フリル 年齢:15才 性別:女

幼いころから奴隷として働かされていたが、脱出し、街のゴミを漁って命をつないでいた。その後、街で暗躍する盗賊団に勧誘され、盗賊として生きる。

団員である男たちに襲われることがたびたびあった。

彼女は自分の身を守るため、常に刃物を装備し、襲いかかるものには容赦なく切りつけた。

その姿を見た団長が彼女を気に入り、男たちに手を出さないように命令するとともに、彼女を一定の地位に就けた。

団長は彼女に目をかけ、盗み、誘拐、殺人など、さまざまな任務をこなすように命じた。

彼女は生きるため、任務をこなす以外に選択肢がなかった。

もし脱走すれば、追手が来て殺される。

組織の秘密を外に漏らさないようにするためである。

 

性格は、素直で純粋、何でも鵜呑みにして、言うことを聞いてしまう。

幼いうえに学問を知らず、世間についての知識も乏しいので、自分で善悪の判断がつかない。

しかし、盗賊の任務、特に人殺しは、彼女にとって心が痛むことのようだ。

盗賊として、彼女は、冷徹かつ残忍な殺人マシーンであるべく教え込まれるが、心のどこかで完全には受け入れられないでいる。

基本的に無口。

他人に対し心を開くことはあまりない。

いい意味でも悪い意味でも、とにかく真面目で真っ直ぐな性格。

嘘はつけない。

独りで考え込んで、思考のループに陥ることが頻繁にある。

 

男たちに襲われた経験が恐怖とともに脳裏に焼き付き、男そのものに対し恐怖心、嫌悪感を強く感じている。

彼女は武装と威嚇により、男を寄せ付けないことを学んだ。

彼女の前に現れる男は、誰であろうと敵である。

 

本編

冒頭あらすじ

 

ある日亮は、スマホを持ちながら道を歩いていたところ、マンホールの蓋が開いていることに気付かず、落ちてしまう。

ところがいくら落下しても着地しない。

亮はわけが分からず、恐怖とともに失神してしまう。

目が覚めたら森の中にいた。

亮は事態を把握できないまま、あたりを探し回る。

そのうち、唸り声が聞こえてきた。

彼は恐怖と混乱で全身が震え、身動き一つできない。

そして、とても大きな、頭が3つある犬のような生物が飛び出してきた。

亮は見たこともない生物を前にして、叫ぶことすらできず、腰を抜かしている。

魔物が亮に飛びかかろうとした瞬間、どこからともなくヒューと風を切るような音がし、魔物は叫び声をあげる。

​亮が目を開けると、そこには血まみれで横たわる魔物の姿と、こちらに向かって駆けてくる女性らしき人の姿があった。

 

第0章 萌芽

その1 誤解

 

亮とイリスは町の宿屋の一室で休んでいる。

 

亮は別世界へと転送され、魔物に襲われているところをイリスに助けられた。

彼女の強さと美しさを見て、亮は瞬く間に惹かれてしまう。

彼女はそんなことには微塵も気づいていないが、彼は会話するたび、目を合わせるたびに、胸のときめきを抑えきれないでいる。

 

イリスが亮の方を向き、声をかける。

 

イリス「ねえ、亮くん。」

亮「はい、何ですか?」

イリス「亮くんって、向こうの世界に恋人はいるの?」

 

亮は一瞬びくっと肩を動かし、動揺し始める。

 

亮「え…それは…その…。」

イリス「真面目な質問よ、教えて?」

亮「い、いない…です。全然…。」

イリス「そう、いないのね。よかったぁ。」

 

イリスが安堵したように息を吐く。

それを聞いて亮はますます動揺する。

 

亮(ど、どういうことだ、これは?これってもしかして、気が…あるってこと?)

亮(いやまさかそんな馬鹿な、モテない男の代表格であるこの俺に、そんな超絶ミラクルが起こるはずなどない!これは罠だ!)

亮(いや、でも、もしかしたら…もしかしたら、こんなわけのわからない世界に遭難した俺を神さまが見てて、憐れんでくれて、そして…)

 

亮は動揺と混乱を頭に抱えながら、恐る恐る尋ねた。

 

亮「あの…よかったって、どういう意味ですか…?」

イリス「え?だって恋人同士が離れ離れになったら、とても辛いでしょう?きっと胸が張り裂けそうな気持ちになるわ。」

 

亮の思考は停止した。

 

イリス「私も昔はいろいろあってね、そりゃあ辛かった。だから、亮くんもこっちに来て大変な思いをしてると思うけど、恋人に会えない辛さを味わうことにはならなくて、よかったなって思ったの。」

 

​誤解 おわり

 

その2 誤算

 

亮はイリスに鍛えられ、少しずつ依頼遂行を手伝えるようになってきている。

​二人は朝食を食べ、宿屋を出る。

 

イリス「亮くん、今日も依頼頑張ってこなそうね!」

亮「はい、頑張りましょう!」

 

二人は冒険者ギルドへ行き、マスターに仕事がないか尋ねる。

 

マスター「…すまんが、今はお前たちに紹介できる仕事はないな。」

亮「えーっ!!そんなぁ…。」

イリス「あらぁ、残念…。」

 

二人は落胆の表情を隠せない。

 

亮「イリスさん、どうしましょう?」

イリス「………そうね。」

 

イリスは真剣な表情で考えた後、にっこり笑って言う。

 

イリス「うん、仕事もないことだし、飲みに行こう!」

亮「えっ…?」

 

亮は一瞬何を言っているかわからなかった。

 

亮「あの、えーと…今、朝ですよ?朝から飲む気ですか…?いや、それはまだいいとして!」

 

亮が少々動転しながら話す。

 

亮「今僕たちお金ないんですよね?お金ないから仕事を受けようとしてるんですよね?それなのに、パーっと飲みに行ったら、どうなるかわかりますよね?」

イリス「そうねぇ…あの名産の赤ワインは手が届かないかなぁ…安物のビールならいけるかな♡」

亮「いやそうじゃなくて!」

 

亮は呆れたように話し出す。

 

亮「お金を稼ぐ手段を見つけないといけないって言ってるんです。飲みに行っている場合ではないでしょう。」

イリス「大丈夫大丈夫、それについてはちゃーんと考えてあるから。だから一杯だけ…ね?」

亮「ダメです!」

イリス「むー、亮くんって結構お堅いのね。」

 

亮(この人の頭の中は一体どうなっているんだ…?)

 

亮は深刻に悩み始めていた。

 

​誤算 おわり

 

その3 理解不能

亮とイリスは野外でキャンプ中である。

 

イリス「亮くん、この干し肉美味しいよ。食べないの?」

 

亮は元気なさそうな表情でうなずき、食べ始める。

亮は先日の依頼のことを気にしていた。

 

亮(俺の不注意で盗賊たちに囲まれ、依頼人まで襲われかけた…。イリスさんがいたからよかったものの、もしいなかったら…。)

 

亮は一人で考え込み、落ち込んでいる。

その様子を見て、イリスが心配そうに声をかける。

 

イリス「ねえ亮くん…大丈夫?どうしたの?」

亮「ああいやその…こないだのことでちょっと…。」

イリス「こないだ?ああ、護衛の依頼のことね。」

 

イリスは亮に向かってにっこりした笑顔を向ける。

 

イリス「終わったことをいつまでも気にしても仕方ないわ。確かに避けるべきミスだったのは確かだけど、あなたはまだ冒険者になりたてだし、失敗するのが当たり前よ。」

亮「はい…。」

イリス「私は、あなたはよくやってくれてると思ってるよ。ほら、こないだだって…。」

 

そう言ってイリスは、亮の良かったところを一つ一つ挙げ始める。

亮にとってはやって当たり前だと思えることも、彼女は良かったこととして捉えていた。

 

イリス「こんなにいろいろやってくれて、とても助かってるんだからね。本当だよ?」

 

亮は聞いているうちに少し励まされている気分になってきた。

しかし引っかかることもある。

 

亮「あの…イリスさん。」

イリス「なに?」

亮「僕って、足でまといにはなっていませんか…?例えばほら、僕がいたら、危険な依頼はあまり受けられないし…。」

 

イリスは黙って亮を見つめている。

 

亮「ミスしたら、責任を取るのはイリスさんだし…。それに、いつも守ってもらってばっかりだし…。」

 

イリスは真剣にうなずくように聞いていたが、ふたたびにっこりと笑って言った。

 

イリス「亮くん、あなたの言ったことは全部正解よ。でもね、亮くんがいてくれてよかったって思えることもあるのよ。」

亮「よかったこと…?」

イリス「ええ。」

 

イリスは亮に優しく微笑みかけるように言う。

 

イリス「ずっと一人で旅してたからね、孤独じゃなくなった…話し相手ができたことは大きいよ。それもただの話し相手じゃなく、私の知らない世界のことを知ってる話し相手だしね。」

 

亮は以前イリスに自分の世界の話を聞かせた時、彼女が興味津々にしていたことを思い出す。

 

イリス「他の冒険者とパーティを組むこともあるけど、みんな結局離れてしまうから…。でもあなたはついて来てくれる。」

亮「それは…。」

 

亮(それは、イリスさんが元の世界に戻る方法を一緒に探すって言ってくれたから。そんなこと言う人、今のところ他には出会ってない。)

 

イリス「大丈夫だよ、冒険していくうちにいろいろ身に付いていくし、できる依頼も増えていくわ。今はあまりあれこれ考えて、心配する必要はないの。それよりも。」

亮「はい。」

イリス「これからも一緒にいてね。」

 

亮は全身に何かが通り抜けたような感覚を持った。

その後、ため息をつきつつ考え始める。

 

亮(…こういうこと、さらっと言えるのすごいな。)

亮(イリスさん…わからない。ものすごくだらしない人だと思うときもあれば、すごいと思わされるときもあって…。)

 

イリス「さ、飲も?あなたでも飲めそうな、軽いお酒があるの。こないだ買っといたのよ。」

亮「え、あ…そうですか?じゃあ…。」

イリス「…え、あれ?ない?おかしいな…。」

亮「…?」

 

イリスは突然ハッと気づいた表情をした。

 

イリス「そうだ思い出したわ。前の晩ちょっと味見をと思って…。」

亮「…全部飲んでしまったんですか?」

 

イリスは照れくさそうな笑顔を浮かべている。

 

亮(…ほんとにわからないな。でも、ま、いいか。)

 

亮は考えるのをあきらめ、手持ちの食事を平らげ始めた。

 

​理解不能 おわり

 

その4 浪費癖

イリス「あー亮くん見て!このぬいぐるみ!可愛いー♡」

亮「そ、そうですね…。」

 

二人は雑貨店にいた。

冒険のアイテムから日常生活用品まで一通り揃っている店である。

 

亮(…ぬいぐるみが冒険の何の役に立つんだ。)

 

亮はそう思ったがイリスは買う気満々の様子だ。

 

イリス「あとは、これとこれと…ああ、これもいいわね。」

 

イリスの買い物カゴがみるみる商品であふれていく。

 

亮(…まあ本人が自分の持ち金で買うんだったら。)

 

亮は既に同じことを何度も経験しているせいか、ツッコむのを諦めているようである。

イリスは購入を済ませ、ご満悦の表情だ。

こんなに買い物してどうやって持ち運ぶのかというと、アイテムをいくらでも収納できる魔法生物を使うのである。

 

イリス「さ、ゲムゲム。食べちゃって。」

 

イリスはそう言ってポケットから魔法生物を取り出す。

それは商品に合わせて口を巨大化させ、飲み込んでいく。

 

亮「…いつ見ても気味悪いですね。」

イリス「何言ってるのよー、可愛いじゃない!」

 

亮(これを可愛いって思えるのは、どういうセンスなんだ…。)

 

頭を悩ませる亮。

 

亮「ちなみにこれ、取り出せなくなったりはしないんですか?死んだりしたときとかに。」

イリス「その心配はないわ。この子は無敵だから。」

亮「そうなんだ…。」

 

亮は考えるのも面倒くさくなってきた。

 

亮「…人も中に入れるんですかね?」

イリス「んーどうなんだろう、その発想は無かったなあ。試してみる?」

 

イリスはそう言ってゲムゲムを手に取った。

 

亮「えっ!?いやちょっと待って!!いいです!!遠慮します!!」

 

亮は後ずさりしながら慌てて叫んだ。

イリスは少し残念そうな表情をしている。

 

亮「…何ですかそのがっかりした顔は。」

イリス「だって…。」

 

落胆した顔のイリス。

しかししばらくすると彼女は何かをひらめいたような表情になった。

亮はすかさず言う。

 

亮「…ダメですよ、イリスさんが入るのも。出られなくなったらどうするんですか。」

イリス「はーい。」

 

イリスはしょんぼりしながら答えた。

 

亮(いつか…寝ている間とかに試されそうで怖い…。)

 

​浪費癖 おわり

 

その0(1) 好奇心

見知らぬ世界に迷い込んだ亮。

彼は冒険者であるイリスに助けられ、同行することになる。

一行は亮が迷い込んだ森を抜け、街に向かって平原を歩いている。

 

イリス「亮くん、大丈夫?疲れてない?」

亮「あの…足が痛くて…。」

 

亮が辛そうに声を出す。

 

イリス「そう、わかったわ。今日はもう休憩にしましょう。足みせて。」

 

イリスは荷物をおろすと、亮にそう言って促した。

 

亮「あ、あの…でも怪我とかではなくて、単に歩きすぎで足が疲れてるだけだと思います。」

イリス「ええ、足の疲労を取る薬があるから。さ、出して。」

 

亮は少しためらっていたが、仕方なしに靴と靴下を脱ぎ、足を見せた。

イリスは薬の入った瓶を取り出し、薬を指に付けて、足に塗り始める。

 

イリス「これを塗っておくとね、明日起きた時にかなり楽になってるわよ。」

 

亮の心中では、恥ずかしい気分と、美しい女性に触られている興奮した気分が入り混じっている。

亮は必死に真面目な表情を保とうとした。

 

イリス「はい、これで大丈夫!」

亮「あ、ありがとうございます…。」

 

亮の頬が紅潮している。

 

イリス「まだ寝るまではだいぶ時間があるし、せっかくだからお話ししましょう。あなたの世界のこと、教えてよ。」

 

イリスは亮に期待を込めた笑顔を向ける。

亮は深い呼吸をし、少し気分を落ち着かせる。

 

亮「わかりました。そうですね…モンスターがいないってことや魔法がないってこと、その代わり科学技術が発達してて、機械がたくさんあるってとこまでは話しましたよね?」

イリス「ええ。」

亮「その機械なんですが…。」

 

亮はそう言ってポケットからスマホを取り出す。

 

亮「これが、そうです。すごく小型化されてるやつですが…。」

 

イリスは不思議そうな表情で、亮の掌の上にあるスマホをいろんな角度から見ようとしている。

 

イリス「これは一体どういった装置なの?」

亮「ちょっと待ってくださいね。電池切れてなければ…。」

 

亮はそう言ってボタンを押す。

するとスマホの画面が光った。

 

イリス「えええ!?何これ?どうなってるの?」

 

イリスは驚いたような声を出した。

亮は少し満足げな表情をしている。

 

亮「これでいろいろなことができるんですよ。電波がないから機能は制限されてるけど、例えば…。」

 

亮は音楽再生アプリを開き、お気に入りのバンドの曲を再生した。

スマホから音が流れ出す。

亮は音量を上げ、聞こえやすいようにした。

 

イリス「これは…何?音?音楽?」

亮「はい。」

イリス「音楽をこの装置が演奏してるというの?でもどうやって?」

亮「えーと、原理はよく分からないんですけどね。」

 

イリスはあっけにとられたようにスマホを見つめている。

亮は音楽再生を止めた。

 

亮「他にも、例えば…。」

 

亮は保存してある写真を見せていった。

 

イリス「…これ、もしかして亮くん?」

 

イリスはスマホに入っている亮の写真と亮本人の顔を何度も見比べている。

 

亮「はい、そうです。」

 

亮は満面の笑みで答える。

 

イリス「亮くんが二人…。分身の術…?」

 

イリスは驚きと謎に満ちた表情でつぶやく。

 

亮「あと、ゲームは…できるやつあるかな…。」

 

亮はそう言って、インストールされているゲームアプリを確認している。

 

亮「これとか、どうかな?」

 

亮はそういって、スーパー無理男というアプリを開く。

主人公の無理男を操作してステージをクリアしていくアクションゲームだ。

 

亮「見ててくださいね、こうやって、こうやって…。」

 

亮は実際に操作しながら説明している。

イリスは何も言わず、うなずきながら、真剣な表情で聞いていた。

彼はしばらく操作し、彼女に手本をみせていった。

 

亮「はいっ、じゃあイリスさん。やってみてください。」

 

亮はそう言ってイリスにスマホを渡す。

 

イリス「えっ、私?いいの?」

亮「はい。」

イリス「壊したりしないかしら?」

亮「大丈夫ですよ、そう簡単に壊れたりしませんから。」

 

イリスの目がギラギラと光りだした。

 

イリス「ふふ…見てなさい、こう見えてもね私、勝負事には強いのよ。」

 

イリスは無理男を前進させていく。

そうすると、崖にたどり着いた。

少し先に着地できるポイントがあるが、距離がある。

 

イリス「なるほどね、ここでジャンプを使うのね。」

 

イリスは説明通りにジャンプボタンを押す。

しかし無理男は着地点まで届かず、落下して消えた。

 

イリス「あれ?だめだったの?」

亮「もう一回チャレンジしてみてください。」

 

亮はスマホを操作し、スタート地点まで戻す。

 

イリス「よし、今度こそ…!」

 

イリスは集中しながらスマホを操作する。

その表情は真剣そのものだ。

そして先ほどの崖にたどり着く。

 

イリス「来たわね…!行けぇっ!ジャンプよ無理男!!」

 

無理男は先ほどと同様に落下して消えた。

 

イリス「ええーっ!?ちょっとこれって無理なんじゃないの?」

亮「はい、無理なんです。」

 

亮がにやにやしながら答える。

 

亮「これ、どんなに頑張ってもギリギリ届かないようにできてるんです。だから…。」

 

亮はイリスからスマホを受け取ると操作し始めた。

崖のかなり前の地点で無理男を待機させている。

 

イリス「…何してるの?」

亮「もうすぐかな、見ててください。」

 

しばらく待っていると、突然無理男の周囲の地面が動き出した。

エレベーターのように少しずつ降下していく。

 

イリス「あっ!!」

 

地面が降下しきると、地の底はベルトコンベアのように床が前方へと移動する仕掛けになっていた。

無理男は床とともに前進していく。

崖の地点まで来た。

崖の底は針の山になっており、無理男はさらにその下を床とともに前進していく。

 

イリス「ええー、こんなのあり!?ズルい、ズルいわよっ!!」

亮「その反応を見るのを楽しむゲームなんです。」

 

イリスはふくれっ面をしながら、プンプン怒っている。

 

亮(こんないい反応をみれるのは初めてだな。イリスさんって表情豊かで面白いな。)

 

亮はとても嬉しそうな表情を見せている。

 

亮「一応これ、クリアはできるんですけど、制作者がさっきみたいに悪意に満ち溢れていて、情報なしではかなり厳しいんです。」

イリス「うーん、釈然としないわね。悔しい。」

 

イリスはしばらく眉間にしわを寄せ、歪んだ表情をしていたが、すぐに笑顔に戻り、亮を見た。

 

イリス「でもありがとう。面白かったわ。あなたの世界ではこういうことができるのね。」

亮「はい。」

イリス「いいなあ…。」

 

イリスはうらやましげな表情をする。

 

亮「これだけじゃないんですけどね。馬より早く走れる車もありますし、空を飛ぶ乗り物だってあるんですよ。」

イリス「へえ…。」

 

イリスは感心したように声を上げる。

 

日が落ち、あたりが暗くなってきた。

 

イリス「ありがとね。そろそろ火を起こして、野営の準備をしましょう。」

亮「あ、はい。」

イリス「続きは食事の時にまた聞かせて。まだ全然聞き足りないわ。」

亮「わかりました。」

 

亮はイリスの指示を受け、手伝い始める。

彼の頭の中は、既に彼女のことでいっぱいになっている。

彼女と話していて楽しい。

最初、森の中を一人でさまよっていた時は、わけがわからず、自分の不運を呪っていた。

しかし今は、不安がありつつも、楽しく幸せな気分に満たされている。

この先、彼女と過ごしていける時間を思うと、楽しみで仕方がない。

 

そう、彼はまだ、彼女の本性を知らないのである。

 

​好奇心 おわり

 

その0(2) 始まり

イリス「亮くん亮くん、さっきのもう一回やらせて?」

亮「え、さっきのって…?」

イリス「無理男を操作するやつ。絶対勝つまであきらめないんだから。」

亮「あー…そうですね…。」

 

亮は少し迷っていたが、申し訳なさそうな声で答える。

 

亮「あの、これ…いくらでも遊べるわけではないんですよ。しばらく遊んでいると、電池っていうのが減っていって、完全になくなると動かなくなるんです。」

イリス「えっ、そうなの…?」

亮「はい。僕のいた世界では、充電して電池を回復させることができるんですけど、こっちの世界ではたぶん無理です。」

イリス「そうなんだ…。」

亮「もし何かあった時のために、電池は残しておきたくて…。だから、申し訳ないですけど…。」

イリス「はぁ…残念…。」

 

亮はイリスのがっかりした表情を見て、ますます申し訳ない気分になってきた。

 

亮「えーと…、あ、そうだ!ゲームの話しましょうか?」

イリス「ゲーム…?」

亮「はい。さっきのスーパー無理男もゲームの一つです。ゲームっていってもすごく広いですけど、僕はスマホとかの機械を操作して遊ぶゲームが好きなんです。」

イリス「ふんふん。」

 

亮はまず様々なゲームのジャンルについて説明した。

イリスの表情が再び明るくなり、彼女は話を聞きながら笑顔でうなずいている。

亮は自分の好きな、ロールプレイングゲームについて詳しく説明し始めた。

 

亮「そうやって、敵を倒したり、謎を解いたり、アイテムを集めたりして、物語を進めていくんです。そして、最後にラスボスっていう敵の親玉を倒して、めでたくエンディングになるんです。」

イリス「ふーん…。」

 

イリスは話を聞いているうちに何やら考え込みはじめた。

 

亮「あの…イリスさん?」

 

亮はどうしたのかと心配そうに声をかける。

 

イリス「なんか…亮くんがさっき言ったロールプレイングっていうの、私たちの世界のことみたい。」

 

亮は一瞬ハッとしたが、すぐに冷静な表情になる。

 

イリス「そっか、あなたたちも本当は冒険にあこがれていたのね!でもあなたの世界ではそれができないから、ゲームの中で冒険を実現しようとしてるのよね?」

亮「はい…まあ。」

イリス「でもすごい偶然よね。あなたが好きなゲームと、私たちの世界がそっくりだなんて!世界が違っていても、冒険のイメージってやっぱり同じなのね。」

亮「………………。」

 

亮は答えない。

まだ可能性でしかない答えだが、それを決して言ってはいけないような気がする。

 

イリス「ねえ亮くん、少し話変わるけど。」

亮「はい?」

イリス「こっちの世界に来たのも何かの縁だし、本当の冒険者になってみない?私が一緒だから、色んな所に連れて行ってあげられるし、ワクワクするような冒険もたくさんできるわ。」

亮「えっ?でも…。」

 

亮は困惑する。

 

亮「僕なんかと一緒でいいんですか?迷惑ではないかと思うんですが…。」

イリス「大丈夫よ。それに、一緒に冒険しているうちに、色んな情報も集まるわ。元の世界に帰る手がかりも見つかるかもしれないし。」

亮「どうして、そこまで…?」

 

亮は訝しげに聞く。

イリスは笑顔で答えた。

 

イリス「まず、あなたの存在自体が、私にとって限りなく未知なの。だから、あなたと一緒にいると、私にとって未知な経験がたくさんできると思うの。」

 

亮は黙って聞いている。

 

イリス「あと、あなたのことを放っておけないから。冒険者ってね、行き倒れの人を助けられないようでは務まらないのよ。宝探しだけの仕事じゃないの。」

亮「でも僕お金も何もないから、何のお返しもできないですが…。」

イリス「もうお返しは十分してるわよ。さっき話してくれたこともそうだし。」

亮「うーん…。あの…でも…。」

 

亮は一番気がかりなことを話し出す。

 

亮「僕…モンスターと戦ったりは無理です。怖くて、とてもできません。だから…冒険者なんてとても、できそうにありません。」

イリス「…戦わないと、生きられないのよ?」

亮「えっ…。」

 

​亮は驚きとともに声をあげる。

 

イリス「それについては、今は保留でいいわ。でも、いつかあなたは誰かと戦わなければいけなくなる。たとえそれを望んでいなかったとしてもね。」

亮「………。」

イリス「あなたが今いる世界は、そういう世界よ。平穏なんてない。だから、私と一緒にいるほうが安全だし、私から生き延び方、戦い方を学べた方が、あなたのためになるわ。」

 

亮は心が押しつぶされそうな気持ちでいっぱいになっている。

選択肢は他にないのだろう。

しかし、自分の置かれた現実の残酷さを、受け入れることができないでいる。

イリスは亮の表情を見て、察したように言った。

 

イリス「そんな顔しなくも、大丈夫よ。私が守ってあげるから。ね?」

亮「………。」

イリス「私こう見えて強いのよ。そこらのモンスターや悪党なんかが束になっても敵じゃない。あなたに指一本触れさせはしないわ。」

亮「………。」

 

亮はしばらく黙っていたが、ため息をつくと話し出した。

 

亮「そうですね…少なくとも今は、他に方法もないですし…。ご迷惑でなければ、その…一緒に行かせていただけたらと思います。」

イリス「うんっ!喜んで歓迎するわ。」

 

イリスはにっこり笑う。

 

亮「あのでも…あんまり僕のこと、期待しないでくださいね。もう全然大したことないので…。」

イリス「うん、わかったわ!」

 

イリスは再び笑顔で元気に答える。

 

亮「え?あ…いやその…。」

イリス「ん?」

亮「何でもないです。」

 

こうして二人の冒険は幕を開ける。

 

​始まり おわり

 

その5 奸計

亮とイリスは宿屋に泊まり、朝を迎えた。

 

イリス「亮くん。りょ・う・くん!もう朝よ!いい加減起きて!」

 

イリスは先ほどから亮を起こそうとしているが、一向に起きる気配がない。

 

イリス「…師匠と同じね。」

 

イリスはため息とともにつぶやく。

師匠とは、今は亡き冒険家、ダルス・カーンのことである。

世界中を渡り歩き、数々の偉大なる功績を残した、英雄と称えられる存在だ。

イリスはダルスの弟子として同行し、修行を積み、各地を旅しながら、冒険者として成長していったのである。

しかしダルスは非常に朝が弱く、声をかけても揺らしてもひっぱたいても起きることがなかった。

そういうとき、イリスは耳元でこうささやくのである。

 

「ねえ師匠、綺麗なお姉さんが師匠を呼んでるんだけど、帰ってもらっていい?」

 

そうするとダルスは飛び起きるのだ。

 

イリス「…試してみるか。」

 

イリスは亮の耳元に近づく。

 

イリス「ねえ、亮くん。可愛い女の子が来ててあなたに渡したいものがあるって。」

 

亮は反応せず寝息を立てている。

 

イリス「ふむ…。」

 

イリスは思案する。

過去ダルスにやったように、ひっぱたいたり、イタズラで顔に落書きしたり、モンスターを誘導して襲わせたりするのはさすがにかわいそうだ。

イリスは彼の首筋を撫で始めた。

 

イリス「ここ、くすぐったい?」

 

すると彼は少し体をピクリと動かした。

 

亮「…ああんララさんダメですよ…そんなことしちゃ…。」

 

亮は幸せそうな寝顔とともに寝言を言う。

 

イリス「ララ?ああ…なるほどね。ふふ。」

 

ララとはこの町で知り合った冒険者の女性で、妖艶な雰囲気を持つ魔法使いである。

イリスは、ララの挑発的な態度に亮がタジタジとしていたのを思い出す。

イリスに邪悪な笑みが浮かんだ。

そして、何度か咳払いをしたあと、ララの声色を真似てこうささやいた。

 

イリス「亮ちゃん…私の部屋に来て…。来てくれたらとってもいいことしてあげる…。」

 

亮はガバッと起き上がる。

 

亮「え、あれ?」

 

起き上がった亮の隣には、くすくすと笑うイリスがいる。

 

亮「あの…もしかして、今のって…。」

イリス「ふふっ、亮くんってば、ああいうセクシーなお姉さんが好きだったのね。初めて知ったわ。」

亮「ええっ!?」

イリス「あと亮くん、意外とスケベね。」

 

亮は焦り始める。

 

亮「え、いやあの…違うんです、待ってください。」

イリス「ちゃーんと冒険日誌に記録しとくから。」

亮「いややめて、お願いですから。」

イリス「あ、ララさんにも伝えとくね♡」

亮「いやあーー!!それだけはご勘弁を!!」

 

亮はイリスに弱みを握られることとなった。

 

ちなみに

ララは25才。

同年代かそれより年下の男性は全てちゃん付けで呼ぶ。

古代遺跡に記されている古の呪文の解読を行うため、調査の手伝いが必要で、ちょうど暇そうにしていた亮たちを誘った。

イリスは古代遺跡と聞いて目を輝かせたし、亮は露出度の高いララの姿に目を輝かせた。

その話はまた別の機会に。

​奸計 おわり

 

その6 戦友

亮とイリスは小さな村に着いた。

 

都市と違って村や集落などの場合、冒険者ギルドの施設があることは少なく、冒険者は主に村長や酒場のバーテンダーから依頼話を聞くことになる。

二人は依頼を受けようと思って酒場に来たのだが、イリスが飲みたくて我慢ができず、亮が制止する間もなく酒を注文してしまった。

 

イリス「うん、こんな田舎でも、酒はなかなか美味しいわ。来てよかった♪」

亮「…………。」

イリス「そんな怖い顔しないでよ、亮くん。焦らずに楽しむことも必要よ。」

亮「はぁ…。」

 

亮はため息をつく。

 

亮(本当に自分勝手でマイペースなんだから…。)

 

イリスは亮を気にせず、酒の味を楽しんでいる。

 

亮「飲むのはいいですけど、厄介ごとは起こさないでくださいね。まだ僕たち来たばかりなんだから。」

イリス「大ー丈夫よ、安心して。知らない人に絡まなければいいんでしょう?あなたにずっと絡んどくから。」

亮「いやそれもちょっと困るけど…。」

 

亮は先月の事件を思い出した。

イリスが他の客と飲み比べを始め、次第に盛り上がり、どちらが強いかで賭け事までし始めた。

男たち三人がイリスを打ち負かそうと挑戦したが、イリスは少しも酔いつぶれる様子はなく、難なく勝利した。

負けた方が全額支払うという条件の勝負だったが、男たちは持ち合わせがなく、イリスに難癖をつけて殴りかかった。

当然、返り討ちに合うのは男たちの方だった。

しかし誰が払うのかという話になり、結局イリス達が払う羽目になったのである。

亮は終始頭を下げっぱなしだった。

 

亮(あんなことがまた起こるくらいなら、まだ俺にずっと絡んでいてくれた方がいいか…。)

 

亮がそんなことを考えていた時、一人の男が亮たちのテーブルにやってきた。

亮は男を見上げる。

若いが亮よりは年上で、金髪で美しく整った顔立ちをしている。

服装は軽装だが、村人のものではなく、明らかに冒険者の格好だ。

 

男「イリス…イリスじゃないか!!」

 

男はイリスに向けて声をかける。

イリスは男を見るやいなや、グラスを起き、驚きの表情をみせた。

 

イリス「嘘…セイン…?」

 

イリスは瞬きもせずその男を見つめている。

 

男「やっぱりそうだ!!まさかこんなところで再会できるなんて…!!」

イリス「セイン!!よかった、無事だったのね!!」

 

そういうなり二人は手を取り合った。

二人の視界に亮は全く入っていない。

 

亮(え、なんだこの人…知り合い?)

 

亮はよく分からないまま、下を向いてジュースを飲むしぐさをしている。

 

男「こんな偶然があるんだね!君とは話したいことがたくさんある。」

イリス「私もよ、セイン。」

 

亮(この雰囲気…もしかして、もしかすると、この人イリスさんの…。)

 

亮は心中穏やかではない様子である。

亮にとってイリスはどういう存在か、現状では説明が難しいところである。

確かに出会ったときは一目ぼれしたけれども、彼女の性格を知るにつれ、幻滅へと変わっていった。

しかし、それでもなお、様々な面で惹かれているのは事実である。

自分の手に負える相手ではないと思う一方で、いざとなったら頼りになる優しい存在だと認識しており、そこに安らぎを感じてもいる。

いまイリスと別れることなど考えられない。

彼女がいなくなったら、なにもできない。

 

イリス「あ、そうだ。紹介しないといけないわ。」

 

イリスはそう言って亮の方を向く。

 

イリス「亮くん、彼、私の昔の仲間で、セインっていうの。」

 

そして彼女は再びセインと呼ばれた男の方を向く。

 

イリス「セイン、彼は亮っていって、今の私の仲間よ。」

セイン「へえ…彼が君の?」

 

セインは亮を品定めするように見る。

亮は無理矢理作り笑いをし、挨拶する。

 

イリス「亮くん、ごめん。今日はもう依頼はなしよ。彼と二人で話したいことがあるから、部屋に戻っててくれる?」

亮「………はい。」

 

亮はそういうと、自分の表情も気づかないまま、素早く荷物をまとめて、足早に立ち去った。

宿屋に向かい、とぼとぼと歩く亮。

 

亮(なんだこれ…もうわけわからない。)

 

亮は複雑な感情を抱き、考えがまとまらない。

宿屋に着いた。

部屋に入るなり、ベッドに倒れこむ。

枕に向かって、大きなため息をつく。

 

亮(あー何して過ごそう…。)

 

しばらくの思案の末、彼は何も考えずぼーっとして過ごすことに決め込んだ。

 

時間が経った。

イリスは戻ってこない。

 

亮(まだ戻ってこないのか…?)

 

亮はイライラしてきた。

 

亮(ちょっと様子見てくるか…。)

 

亮は酒場に向かう。

もうとっくに日は落ち、あたりは真っ暗になっている。

酒場の明かりが見えてきた。

亮は酒場に着くと、窓から中の様子を覗いてみた。

 

亮(…いるな、まだ話してる。)

 

亮は二人の姿を確認した。

 

亮(何の話をしてるんだろう…。)

 

気になってきた亮は、二人の席に一番近い窓に近づき、耳をそばだてた。

二人の声が、少しだが、漏れてくる。

 

「…彼と一緒に行動するのはもうやめるべきだ。そのほうが、彼にとっても君にとっても良いってことは、君も承知しているだろう?」

「あなたの言うことはわかる。でもねセイン、私は彼を助けると決めたの。彼を助けながらでも、行動はしていけるわ。」

「一緒に行動していけば、いつか彼をも巻き込むことになるんだぞ。君の話を聞く限り、彼に戦友としての力は期待できない。戦う覚悟もできないだろう。」

「だからといって彼を見捨てろと言うの?彼が戦えなかったとしても、私は彼を守る。どんな敵がやってこようと。それでいいでしょう?」

「だめだ。君にはもっと大きな使命がある。それを忘れてはならない。」

「目の前の人を助けられなかったら、私はもう冒険者じゃなくなる。それは私の人生をも否定することになる。それだけはしないように、心に誓ってるのよ。」

 

亮はそれ以上聞くのが怖くなってきた。

彼とは明らかに自分のことだろう。

自分のことで、二人が言い争っている。

 

もし、彼女がセインに言いくるめられて、別れを切り出すことになったら…。

 

亮(くっ………!!)

 

亮は宿屋に向かって、夜道を走り出した。

もう人の気配はほとんどなく、静まり返っている。

宿屋に着いた。

息が少々上がっている。

部屋に着くと、亮はベッドの上に胡坐をかいて、深呼吸し、考え始めた。

 

亮(あの人、どうして…。)

 

亮はセインの言っていたことが気にかかる。

 

亮(戦友…戦うとか言ってたな。何と?犯罪者やモンスターとは違うのか?)

亮(使命…だって?そんなこと、何も聞かされてないし…。)

 

亮はしばらく考える。

 

亮(ゲームでいうと、何か…イリスさんにとってのメインクエストみたいなのがあって、僕を助けるのはサブクエストってことなのかな…。)

亮(だめだ…いくら考えてもわからない。本人に聞くしか…。)

 

亮はもう発狂しそうな気分になっていた。

 

足音が聞こえてきた。

亮のいる部屋に近づいていき、扉が開く。

イリスが姿を現した。

彼女は亮を見て、微笑んだ。

 

イリス「ただいま。ごめんね、すごく待たせちゃったね。」

亮「……………。」

 

亮は無言である。

思いつめたような表情で、うつむいている。

 

イリス「ほんとにごめん。明日はちゃんと依頼こなそうね。」

亮「………イリスさん。」

イリス「え……?」

 

亮の様子を見て、イリスが驚く。

 

亮「僕に…隠していることがあるんですか?何か、とても大事なことを…。」

イリス「亮くん……。」

 

イリスは亮を見つめる。

 

亮「ごめんなさい…少し話を聞いてしまいました…。でも、どうして教えてくれなかったんですか…?イリスさんは一体、何をしようとしているんですか…?」

 

イリスはしばらく沈黙した後、申し訳なさそうな顔をする。

 

イリス「亮くん、ごめんなさい…。できれば今は話したくない…。あなたには話さないまま、元の世界に帰ってもらおうと思ってた。」

亮「どうして!!」

 

亮が叫ぶ。

 

イリス「もし知ったら、二度と帰れなくなるかもしれないから。あなたを死なせることになるかもしれないから。」

亮「…………。わけわかんないですよ、イリスさん。」

イリス「ごめん、本当にごめんね…。」

 

亮の心は様々な感情が絡み合い、爆発しそうになっている。

 

亮「わかりました…。じゃあ…一つだけ、教えてください。」

 

イリスは黙ったまま、亮を見つめる。

 

亮「イリスさんは、僕を捨てたりしないですよね?」

 

イリスの目が大きく見開く。

 

亮「約束してください。僕と離れないでください。僕が元の世界に帰るまで…一緒にいてください。」

 

亮は泣き出しそうな表情をしながら、そう言った。

イリスはそれを聞くと、真剣な表情をしたまま、亮に歩み寄った。

何も言わず、亮を抱きしめる。

 

イリス「大丈夫だよ、あなたは大事な仲間だから捨てたりしない。私が必ず、元の世界に戻して見せる。私がずっとついてるから、心配しなくていい。」

 

亮は自分の顔をイリスの胸元に強く押し付ける。

イリスはぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。

 

翌日。

亮とイリスは酒場に向かって歩いている。

 

イリス「さあ、今日はちゃんと依頼頑張るからね。」

亮「イリスさん、えっと、でも…。」

 

亮は少しためらいながら言う。

 

亮「あの人は…セインさんのことは、いいんですか?」

イリス「ああ…彼は…。」

 

イリスは少し表情を強ばらせる。

 

イリス「彼は夜が明けないうちに、行ってしまったの。もともとこの村には、滞在する予定じゃなかったのよ。」

亮「ええっ、そうなんですか!?でもせっかく久しぶりに会えたのに…。」

イリス「そうね…。でも彼もね、なかなか大変なのよ。」

亮「そうなんだ…でも大事な仲間だったんですよね?」

イリス「ええ、それはもちろん。」

 

亮はしばらく沈黙する。

 

イリス「ああでもね、ちゃんと次落ち合うところを決めたから。また遠くないうちに会えるわ。」

亮「そうなんだ、それならよかった…。」

 

亮は心の底からよかったとは思えない。

 

また沈黙が流れる。

亮はずっと気になっていたことを聞くことにした。

 

亮「あの…イリスさん。」

イリス「なに?」

亮「あの人は、イリスさんの…その…。その、恋人…なんですか?」

 

亮はイリスから視線をそらしながら言った。

イリスは亮を見てにっこり笑う。

 

イリス「ブブー。違います。」

亮「あ、そうなんだ…。」

 

亮は意外そうな顔をする。

 

イリス「でも、ある意味、恋人よりも上の存在かな。」

亮「え、それって…もしかして…夫婦?」

 

亮が仰天した顔になる。

イリスが首を振る。

 

イリス「ううん、違う。互いに背中を預けられる仲間。命を懸けて、理想の実現のために共に戦う、戦友よ。」

亮「戦友……。」

 

亮は前日のセインの言葉を思い出した。

 

亮(今は、聞いても話してくれないんだろうなぁ…。)

 

そう思って亮はそれ以上追及しなかった。

 

酒場が近づく。

二人の日常が再び戻ってきた。

 

​戦友 おわり

 

その7(1) 魔物と人 前編

 

小さな街に滞在中の亮とイリス。

 

二人が宿屋の一室で休憩していると、ドアをノックする音がした。

イリスは亮をみてうなずくと、部屋の入口に向かい、ドアを開けて対応する。

しばらくするとドアが閉まり、イリスが戻ってきた。

 

亮「誰だったんですか?」

イリス「配達屋さん。ギルドから私に手紙だって。」

 

イリスは受け取った手紙を見せる。

 

イリス「えーと差出人は…ああ、なるほど。」

 

イリスは封筒を開け、手紙を広げた。

うなずく仕草をしながら、真剣な表情で読んでいく。

亮は黙って、イリスが手紙を読み終わるまで待った。

 

イリス「なるほどね。亮くん、次の目的地が決まったわ。」

 

手紙を封筒にしまいながら、イリスが言った。

亮は合点がいかず、首を傾げながら尋ねる。

 

亮「えっと…その手紙に何か書いてあったんですか?」

イリス「うん。依頼よ。ここから少し遠い村からのね。」

 

亮はそれを聞いて驚く。

 

亮「え、依頼!?こんな形の依頼ってあるんですか!?」

イリス「ええ、滅多にないことだけどね。前そこで村を助けたことがあって、また私に依頼したいってことでしょう。」

亮「つまり、指名ってことですよね…すごいなあ。」

 

亮は感心した表情をイリスに向ける。

 

亮「で、どんな依頼なんですか?」

イリス「ドラゴン退治よ。」

 

イリスは即答した。

亮はしばらく沈黙する。

 

亮「…ドラゴン?ドラゴンっているんですか、この世界に?」

イリス「ええ、希少だけどね。」

亮「あの…それってかなりヤバい依頼なんじゃ…。」

イリス「そうね、ワクワクするわね。」

 

イリスは亮に笑顔を向ける。

 

亮は改めてイリスが自分と異なることを感じた。

イリスは、困難な戦いを、危険を好むのである。

今までイリスは亮に配慮して、危険な依頼をなるべく請けないようにしていた。

どうしても請ける場合は、亮を置いて一人で依頼遂行にあたることもあった。

今回もおそらく一人で戦うのだろうが、亮はドラゴンと聞いてイリスの身の安全が心配になっている。

 

イリス「さ、急いで準備して。すぐに向かうから。」

亮「あ、は、はいっ!」

 

亮は言われるがまま、手早く荷物をまとめる。

宿を出て、向かった先は馬屋である。

村まで距離があるため、馬車で行くのだ。

 

出発してしばらく、馬車に揺られながら、亮は先程の心配事を思い返す。

思い切って、イリスに尋ねることにした。

 

亮「あの、イリスさん。」

イリス「なに?」

亮「その…ドラゴンなんかと戦って大丈夫なんですか?もし何かあったら…。」

 

亮は心配そうな表情をする。

イリスはそれを聞いて、笑顔を向ける。

 

イリス「心配してくれるの?」

亮「えっ、あ、まあ…はい…。」

 

亮は照れくさそうに答え、うつむく。

 

イリス「ありがと、嬉しいわ。そうねえ…じゃあドラゴンの種類について説明しようか。」

亮「種類?」

イリス「ええ。種類、もしくは等級ね。ドラゴンは、強さと個体数に応じて最下級、下級、中級、上級、最上級の5つに分かれるの。」

亮「へー、そんなランク分けがあるんですか!」

 

亮はゲームを嗜んでいる関係か、こういうことに関心が強い。

 

イリス「まあ、人間が勝手に決めた分類だけどね。ドラゴンにとっては失礼な話だと思うわ。」

亮「ああ…まあ確かにそうですよね。」

 

亮は妙に納得する。

 

イリス「ま、それは置いといて。まず最下級。これは幼生のドラゴンや、ドラゴンの亜種ね。ナーガとかリザードマンとか。竜と人の混血の竜人もここに入る。」

亮「それが一番弱いんですか?」

イリス「ええ。それでも並の冒険者では太刀打ちできないけどね。」

亮「そうなんだ…。」

 

亮(俺はそれすら無理そうだな…。)

 

亮はそう思い、自嘲気味に笑う。

 

イリス「次は下級。これは比較的若いドラゴンと、亜種の中でも強いやつよ。ワイバーンとか、あとは恐竜とかね。」

亮「恐竜もいるんだ…。」

イリス「まあ、下級の恐竜はかわいいもんだけどね。」

 

イリスは一呼吸おいた後、また話し出す。

 

イリス「その次が、中級。成熟したドラゴンや老いたドラゴン。その大きさとパワーは圧倒的よ。他には、恐竜の中でも凶暴性の強い、ティラノサウルスとかね。」

亮「圧倒的って…見たことあるんですか?」

イリス「ええ…前回村に要請されて退治したときは、中級クラスだった。今回のターゲットもたぶんそうだわ。」

亮「ええっ!?」

 

亮は思わず声を上げる。

 

亮(え、そんなヤバい奴が相手なの…?でも、イリスさんはそれを倒せるってことだよね…。)

 

亮は圧倒されつつ、イリスに尋ねる。

 

亮「でも、なんでそんなやつが村を襲うんですか?普通、そこらにはいませんよね?」

イリス「呪いよ。竜の血の呪い。」

亮「竜の血の呪い…?」

イリス「ええ。そうね、先にこっちの話しましょうか。依頼内容の話でもあるし。」

 

イリスは真剣な表情で話し始める。

 

イリス「竜の血の呪いはね、村の言い伝えであるんだけど、実在する呪いよ。現に村はドラゴンに狙われ続けている。一匹倒してもまた一匹と、新たにやってくるの。」

 

亮は黙ってうなずきながら聞いている。

 

イリス「言い伝えではね、昔ある英雄が邪悪な竜を退治した。その時彼は竜の血を身に浴びてしまったの。彼は国中から賞賛を受けた後、小さな村へ行き、余生をそこで送ったそうよ。そして死後、彼の墓はその村に建てられた。今でも彼は、村の守り神として祀られているわ。」

亮「その村が、これから行く村なんですか?」

イリス「ええ、そうよ。邪竜の血は、英雄の屍とともに村の土地に埋められた。それが呪いとなって、たぶんドラゴンたちの復讐心を呼び起こすんだと思うわ。」

亮「…この上なく迷惑な呪いですね。」

 

亮は少し考えているうちに、疑問が出てきた。

 

亮「…あの、村の人たちは逃げないんですかね?ドラゴンがいくらでも湧いてくるって、ちょっと普通そこにはいられないと思うんですけど。」

イリス「…それがね、残念ながらできないの。村の外へ行けば、村の外で襲われるの。違う町へ行けば、違う町で。」

亮「ええ!?マジですか!?」

 

亮は驚きのあまり声が大きくなる。

 

イリス「本当よ。村で育った人、村に住んでいる人、村の作物を食べた人はみんな、ドラゴンに狙われる。それがこの呪いの恐ろしいところよ。」

亮「そんな、じゃあもう逃げられないんですか…?」

イリス「うん。もし逃げたら、他のところにも被害が及ぶ。だから村の人たちはもう、村から離れることができない。」

亮「……………。」

 

亮は事態の深刻さに言葉を失う。

 

イリス「ドラゴンを倒すことはできる。それでしばらくの間平穏は訪れる。でも、それじゃあ問題は解決しない。呪いを解かない限りはね。」

亮「…呪いは、どうやったら解けるんですか?」

イリス「わからない…少なくとも前回来たときはわからなかった。今回はドラゴンを倒すだけじゃなく、呪いを解く手がかりも得たいところだけど…。」

 

亮は沈黙する。

村に対する同情心が溢れてくる。

 

イリス「この手紙には、レッドドラゴンが村の近くの山に居座り、下山しては人々を襲っていると書かれていたわ。たぶん村に寄った旅人か冒険者にこの手紙を託したんでしょうね。」

亮「レッドドラゴンって火を噴くやつですよね?」

イリス「うん。家とか作物とかが燃やされて、どんどん燃え移って被害が甚大になったりするから、その前に退治しないとね。」

 

イリスは亮を見て、再び笑顔の表情に戻る。

 

イリス「話を戻していい?ドラゴンの種類に。続きがまだ気になるなら。」

亮「あ、そうですね…あと上級と最上級…でしたっけ?」

 

亮も表情を元に戻す。

 

イリス「うん。上級はドラゴン一匹一匹に名前が付いているの。唯一無二の存在よ。寿命も長く、太古の時代から生き続けているのもいると聞くわ。」

亮「へえ…見たことあります?」

イリス「ううん、ない。ほとんど人前に姿を現すことはないわ。でも、さっきの村の言い伝えの邪竜は上級と言われてるわ。名前はエンハース。」

亮「エンハース…。じゃあ、その英雄の人は物凄く強かったってことですよね?」

イリス「そういうことになるわね。まあ、基本的に上級は人がどうこうできる相手じゃないわ。一国を滅ぼすくらいの力があるからね。」

亮「なるほど…。じゃあ、最上級は?」

 

イリスはそれを聞くとより一層の笑顔の表情を向ける。

 

イリス「最上級は、私も全然よくわからない。伝説上の存在とか、神がドラゴンの姿になって地上に現れるとか、そういうやつよ。いるのかどうかすらわからないわ。」

亮「ええー、そうなんだ…。そんなはっきりしないのを分類に含めるってどうなんだろう…。」

イリス「まあ偉い人が考えることだからね。でももしそんなのを目にすることができたら、とっても凄いことじゃない?」

亮「それはまあ…そうかもしれませんが。」

イリス「冒険者の一つのロマンよね。いつか私もそんな体験ができたらなあ…。」

 

イリスは目をキラキラさせている。

 

亮(本当に、冒険が好きなんだな…。ある意味羨ましい。そんなに人生賭けられるものがあるって。)

 

亮はイリスと自分を心の中で比較し、少し暗い感情が起こり始めている。

 

イリス「とりあえず、これで依頼のことはだいたいわかったよね?あとの細かいことは、村に着いてから、村の人の話を聞きながらにしましょう。」

亮「わかりました。」

 

会話が終わり、沈黙が流れる。

亮は先ほどの依頼のことを考え始めた。

 

竜の血の呪い。

今までの依頼でここまでスケールが大きいものはなかった。

命の危険も、責任も、これまでと比べ物にならないほど大きいだろう。

イリスはこの重圧を背負うことになる。

しかし、イリスを見ている限り、恐怖心や気負っている感じはうかがえない。

宿屋では、ワクワクする、とさえ言っていた。

村のことを考えれば不謹慎にも思えるが、おそらくその感情は事実、彼女の中に起こっていたのだろう。

 

自分の常識では彼女は計れない。

亮はそう思っていた。

 

亮(俺は、イリスさんみたいにはなれない…。)

 

馬車は道に沿って着実に目的地へと進んでいく。

イリスと亮は、それぞれ対照的な感情を抱えながら、村へと赴くのであった。

 

魔物と人 前編 おわり

 

​予告編

 

イリスはもともと亮を戦わせたくありませんでした。

この世界の問題を詳しく教えないまま、帰る方法だけ見つけて帰してあげようとしていました。

しかし、物語が進むとともに、次第に世界のこと、国、組織、対立構造などが明らかになっていきます。

イリスの目的を知る亮。

しかし彼は、自分は帰りたいだけだ、と言い、問題に関わりたくない態度を取ります。

イリスもそれを良しとし、引き続き彼の帰還方法を探します。

しかし、国・組織の対立が激化するとともに、亮にとって安全な場所は失われていきます。

 

セイン「イリス、彼を戦わせたくない気持ちはわかる。でも君と一緒に行動する限り、僕らの側についてるのと同じだ。相手にとっては、彼はまぎれもなく敵なんだ。」

イリス「でも、彼は私たちの世界の人間じゃない。当事者じゃない。いわば、騒動に巻き込まれているだけなのよ。彼に私たちの世界の問題を背負わせるのは間違っている。」

セイン「ならなぜ彼を解放しない?ここにいたら僕たちの味方ということになるんだぞ。他の仲間も疑問を抱いている。どうして彼が戦わないのかと。」

イリス「ここが一番安全に保護できるからよ。一人で外に出たら、彼は争いに巻き込まれて死んでしまう。もともと彼の世界は、平和で、安全で、殺し合いなんてほとんどないの。戦い方だってほとんど知らないの。そんな彼を、放り出すわけにはいかないのよ。」

セイン「彼は君にとっての何だ?なぜそこまで特別扱いする。」

イリス「特別でしょう?異世界の住人なんて、他に誰がいるの?」

セイン「たとえ移住者であろうとも、やってきたからにはこの世界のルールの中で生きていかなければならない。」

イリス「彼は望んで来たわけじゃないし、すぐにでも帰りたいと思ってる。帰る方法さえ見つければいいのよ。」

誰か「なあイリスよ、鳥は鳥かごから外に出さないと、飛べないんだぜ。」

 

この後亮は、壮絶な葛藤の末、イリスから離れます。

そしてフリルと出会います。

みたいな感じ。

 

​予告編 おわり

 

​番外編 リーネ登場​(1)

亮とフリルは街中を歩いている。

冒険者ギルドの前に着いた。

今後の冒険について少し話しているようだ。

 

そこに、彼らを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

??「ねえ、ちょっとそこのキミ。」

亮「…?」

??「キミよキミ、あんたを呼んでるの。」

 

亮は振り向くと、一人の女がいた。

青の長髪、青の瞳をしている。

服装は、街の人と言うよりは旅人の格好だ。

あと、丸い眼鏡をかけているのが印象的である。

 

亮「あの、僕に何か…?」

女「ちょっとね、聞きたいことがあって…。」

亮「はい、何でしょう…。」

女「その…えっと…冒険者ってどうやってなればいいか、知ってる?」

 

女は少しモジモジした様子で言った。

亮とフリルは顔を見合わせる。

 

亮「もしかして、冒険者になりたいとか…ですか?」

女「だからそう言ってるでしょ!教えてよ!あんた冒険者でしょ!?」

 

女はやや怒った口調で言う。

 

フリル「なんだお前、ちょっと怪しいぞ。」

女「なんですって、この小娘!!」

亮「フリル!!」

 

亮はフリルをたしなめる。

 

亮「すいません、仲間が失礼をしました。よかったらそこのギルドの中で話しませんか?その方が手っ取り早いですし。」

女「…ええ、わかったわ。」

 

三人はギルドの中に入る。

亮はマスターに声をかける。

 

亮「すみません、冒険者志望の方がいるんですけど、書類出してもらえます?」

マスター「ん、ああいいけど…そっちの人?」

 

マスターが先ほどの女を見る。

 

亮「はい。とりあえず書類を見せて説明をしようと思って。」

マスター「ああ。じゃあちょっと待ってな。」

 

マスターは机の下をごそごそした後、一枚の紙を出す。

 

マスター「ほい。これが冒険者の認可のための書類だ。これにサインすれば冒険者になれる。」

女「えっ…それだけ?」

 

女があっけにとられた表情をする。

 

マスター「ああ、だがすでに冒険者になってるやつの推薦のサインが必要だ。誰か知りあいがいるといいんだが。」

女「知り合いは…。」

 

女はしばし沈黙した後、亮の方を向く。

亮はぎょっとした顔をする。

 

女「ねえ。」

亮「は、はい…。」

女「キミ、私の推薦人になってくれない?」

亮「えっ、僕が?でも…。」

女「でも?」

亮「お姉さんのこと、何も知らないですし…。戦ったりとか、できるんですか?」

女「ええ、私魔法が得意だわ。錬金もできる。」

亮「なるほど…そうだなあ…。」

 

亮はしばらく考え込んでいる。

そしてうなずくしぐさをすると、彼女に向かって話し出す。

 

亮「じゃあ、ちょっとテストさせてもらっていいですか?今から手ごろなモンスター退治の依頼を探して、あればそれをやってもらおうと思うんです。」

女「なるほど。いいわよ、やってあげる。」

 

女は自信に満ちた表情で答える。

 

亮「マスター、何か初心者向けの退治依頼ありますかね?」

マスター「ああ、そうだな…初心者の定番と言えばまあこれかな。」

 

マスターは壁に貼ってある紙を示す。

 

亮「えーと、なるほど。緑ぷるぷる5体ね。報酬は100ゴールドか…。」

女「緑ぷるぷるぅ?そんなの誰でも倒せるじゃない。テストする意味あるの?」

 

女が不満げに言う。

 

亮「え?そ、そうですか…。」

 

亮(なんだろう、この人やけに自信ある感じだな…。)

 

フリル「…自惚れは身を滅ぼすぞ。」

女「小娘は黙ってなさい!!」

 

女がいきり立つ。

 

亮「まあまあ。あの…一応これでやってみてもらえませんか?冒険者になるための、最低限の資質みたいなものを見たいだけなので。」

女「はぁ…そう、わかったわ。それで場所は?」

亮「ここから北の、ぷるぷるの森です。」

女「何その、ぷるぷるしかいませんみたいな地名は。」

亮「ぷるぷるしかいないんです。」

 

女はしばらく沈黙する。

 

女「どういう生態系になってるの、その森…。」

亮「僕もよく分かりませんが…でも、場所はわかります。今から行っていいですか?」

女「…ええ。さっさと行って済ませましょう。」

 

​番外編 リーネ登場​(2)

 

亮たちはギルドを出て、すぐさま街をあとにした。

道に沿って、北の方角に向けて歩いていく。

 

亮「ここから近いので、すぐに着きますよ。あ、そうだ…。」

 

亮は思い出したように、女に向かって言う。

 

亮「まだ自己紹介してませんでしたよね?僕は、亮っていいます。こっちは仲間のフリル。」

女「私はリーネ。さっきも言ったけど、魔法使いよ。」

亮「へー、どんな魔法を使うんですか?」

リーネ「攻撃魔法。氷属性ばっかだけど。」

 

二人はしばし沈黙する。

亮はすこし考えていたが、質問を思い付いて尋ねる。

 

亮「あの…リーネさんはどうして冒険者になりたいんですか?」

リーネ「…あんたたちには関係ないことよ。」

 

リーネはそっぽを向いていった。

 

亮(うわー、この人性格きっつー…。)

 

亮は少しビクビクし始めている。

 

ぷるぷるの森に着いた。

ぷるぷるしかいないということを除いては、木や草が生い茂っている、普通の森である。

 

亮「着きましたね。じゃあ僕たちは後ろで見てますから、どんどんやっつけちゃってください。」

リーネ「ま、ぷるぷるごとき、本気出す気にもならないけど。」

亮「あ、大事なことが!」

 

亮は思い出したように言う。

 

リーネ「…何?」

亮「ターゲットは“緑”ぷるぷるです。緑以外のはノーカウントになりますから注意してください。」

リーネ「…なんかそれだけちょっとめんどくさいわね。」

亮「草や葉っぱに紛れてて、見付けづらいですからね。注意して見つけてくださいね。」

リーネ「はぁ…わかったわよ。」

 

リーネはため息をつく。

フリルはそんなリーネをじっと見ている。

 

リーネ「…何?そんなじろじろ見て。」

フリル「もし全力出さずにぷるぷるに負けたら末代まで笑うから。」

 

リーネはカチンときた。

 

リーネ「何よあんたさっきから!?私に恨みでもあるの!?」

亮「あああ、ごめんなさいごめんなさい!ほんとにごめんなさい!!この子、礼儀とか遠慮とか知らなくて…。」

フリル「…………。」

 

フリルは無表情のまま表情を崩さない。

 

リーネ「いいわよ!!わかったわよ小娘!!私の本気を見せてやるから!!腰抜かすといいわ!!」

 

リーネは吐き捨てるように言った。

亮は頭を抱えているが、フリルは気にした様子はない。

 

リーネ「よぉし…出てこい緑ぷるぷる…!引導を渡してやるわ…!!」

 

リーネの瞳が燃え上がるように輝く。

 

しばらく三人は歩いていく。

そして。

 

リーネ「…!!」

 

少し遠くに見える木の枝のところに、いる。

木の葉に隠れてわかりにくいけれども、確かに、いる。

 

リーネは目を光らせ、笑みを浮かべる。

そして杖を握りしめ、精神を集中させる。

呪文を唱え始めた。

亮とフリルの二人には、何を言っているのかよく分からない。

杖が青白く輝きだす。

リーネの全身も輝きだした。

彼女の目が、くわっと開く。

 

リーネ「いけぇ!!」

 

リーネの杖から氷のビームが放たれる。

それは緑ぷるぷるのいる木の幹に命中し、木をどんどん凍らせていく。

氷は木全体を飲み込むが、まだ大きくなっていく。

最終的に、高さ10メートルはあろうかという、巨大な氷柱へと変わった。

 

亮「え、えええええ!?」

フリル「……………。」

 

二人はそれぞれ異なった驚きの反応を示す。

 

亮(す、すっげぇ…!)

 

亮はだいぶ前に会った、魔法使いのララのことを思い出す。

彼女は確かにベテランで、魔法の実力も十分だった。

しかし、今目の前にいるリーネは、ララとは次元が違う。

 

リーネ「ま、こんなもんよ。どう?驚いた?」

 

リーネは亮たちの方を振り向いて、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

亮はしばらく圧倒されていたが、一つ気がかりなことが頭に浮かんだ。

 

亮「すごい…すごいと思います…。あの、でも…。」

リーネ「…何よ。」

亮「MP、大丈夫ですか…?」

リーネ「うっさいわね!!あんたたちが本気でやれって言ったんじゃないの!!」

 

リーネは怒った声を出す。

 

亮「あ、そうだ。ちゃんと緑ぷるぷるを仕留められているかどうか、チェックしないといけないです。もし逃げてしまっていたらノーカウントですからね。」

リーネ「…これで逃げてたら、私、馬鹿みたいだわ。」

 

三人は木に近づく。

先ほどの木の枝のところから動かないまま、緑ぷるぷるは氷漬けになっていた。

 

リーネ「よかった…。」

 

リーネはほっと息をつく。

 

亮「でもまだ4体倒さないといけないですからね。まだまだこれからです。」

リーネ「ふん上等よ。この際だから、あんたたちに氷の魔法のすごさを教えてあげるわ。」

 

その後リーネは、緑ぷるぷるを見つけ出すたびに、異なる種類の氷の魔法を唱えていった。

杖から氷の矢を乱れ撃つ魔法。氷の嵐を呼ぶ魔法。空から巨大な雹を降らす魔法。氷の剣を手にし切り裂く魔法。

 

亮(緑ぷるぷる、ごめん…。フリルがあんなこと言ったから…。)

 

亮は申し訳ない気分になってきた。

 

亮「えーと…ちゃんと5体倒しましたね。一応テストはこれで合格です。」

リーネ「はあ、はあ…。ぷるぷるでこんなに疲れたの初めてよ…。」

 

リーネはさすがに消耗している様子である。

フリルがそこに近づいていく。

 

リーネ「…何?またイヤミ言いに来たの?」

フリル「違う。前言撤回だ。お前はすごい。」

 

リーネは驚いた表情をしたが、すぐぷいっとそっぽを向く。

 

リーネ「ふ、ふん…当然でしょ?最初から言ってるじゃない。」

 

しかしどこか嬉しそうな感じがするのは気のせいだろうか。

 

亮「さ、帰りましょうか。」

 

リーネはうなずく。

 

三人はぷるぷるの森をあとにした。

道に沿って、街へ向かって歩いていく。

 

リーネ「で、これであんたたちは推薦人になってくれるんでしょう?」

亮「いえ、それがまだこれだけではいけなくて。」

 

リーネに怒りの感情がわき起こる。

 

リーネ「はぁ!?あんたたちの言うとおりにして、テストをやったんじゃない!!何がいけないのよ!?」

亮「ごめんなさい…。でもあの…冒険者って強いだけじゃダメなんです。」

リーネ「…どういうこと?」

亮「…冒険者は、人を助けられる人じゃないといけないんです。人を助けるための仕事なんです。だから、リーネさんがその力を何のために使うのかが知りたいんです。」

リーネ「人を助けるためよ。」

 

リーネは即答した。

 

リーネ「たぶん、10万人、100万人…もしかしたら、それ以上の人の命が救われることになる。」

 

リーネは亮の方を見ずに、遠くを見つめながら、そう言った。

 

亮「え、それは一体どういう…?」

リーネ「悪いけど、あんたたちには話せない。私の問題だから。私自身がやらなければならないことなの。」

 

亮は疑問に満ちた表情をしていたが、彼女の目、表情から強固な意志を見て取った。

 

亮「…わかりました。あなたを冒険者として認めます。ギルドに戻ったら、ちゃんとサインしますね。」

リーネ「…ありがとう。」

 

リーネは少し下を見て、ぼそっと言った。

 

ギルドに着いた。

リーネが書類にサインをした後、亮もサインする。

 

マスター「はい、これであんたも冒険者の仲間入りだ。活躍してくれよ。」

亮「よかったですね、リーネさん。」

リーネ「ええ、まあ…ね。」

亮「お互い頑張りましょう。わからないことがあれば、何でも聞いてください。」

リーネ「ええ。その…世話になったわね。」

 

リーネがやや不機嫌そうな表情で言う。

しかしそこに別の感情が混ざっているようにもうかがえる。

フリルは彼女をじーっと見つめ、ぼそっと言う。

 

フリル「照れ屋。」

リーネ「うっさい!!」

 

リーネ登場 おわり

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(1)

 

亮とフリルは、一仕事終え街を散策している。

 

亮「フリル、どこか見に行きたいところとかある?」

フリル「………。」

 

フリルはどうやら考え込んでいる様子である。

 

亮「あ、なければ別にいいんだけどね。」

フリル「………街広場。時計塔が見たい。」

 

この街の広場には、大きな時計塔がある。

一流の技師が手がけた、からくり仕掛けの時計塔である。

正午に鐘が鳴り、同時に人形たちが動く大掛かりな仕掛けがあるのだ。

 

亮「ああ、もうすぐ昼だね。行ってみようか。」

 

フリルはコクリと頷く。

 

二人が広場に来ると、多くの露店や店が並んでおり、人で賑わっていた。

 

亮「フリル、何か欲しい物ある?」

フリル「………。」

 

フリルはまた思案する。

そのときフリルのお腹がぐうと音を立てた。

 

フリル「………あれ。」

亮「ん?」

 

フリルは亮を引っ張り、露店の方に連れていく。

どうもスイーツを売っている店のようだ。

 

店主「らっしゃい!甘いアイスやクレープはいかが?彼女のプレゼントにぴったりだよ!」

 

亮はあはははと苦笑いを浮かべながら、店主に会釈する。

 

フリル「………これ。」

 

フリルは亮に声をかけ、『禁断の果実パフェ』と書かれている商品の札を指さす。

 

亮「…これがいいの?」

 

フリルはコクリと頷く。

 

店主「お、いいの選んだねえ!これは街の名物のパフェさ!あまりに甘くて美味すぎて、これを食べたら最後、二度と他のスイーツを食べられなくなってしまうくらいだよ。味が忘れられず、定期的に食べないとおかしくなってしまうくらい、美味いんだぜ。」

 

亮はそれを聞いて、不安に襲われる。

 

亮(そんなヤバい物フリルに食べさせたら、大変なことになるのでは…?)

 

フリルも少し引いている様子である。

 

その時、亮たちの隣に客が来た。

 

女「『禁断の果実パフェ』」一つ。」

店主「お、あいよ、姉ちゃん!」

 

その女の声には聞き覚えがあった。

亮とフリルは女をじーっと見つめる。

茶色のローブを身にまとい、青色の長髪、丸いメガネを身につけている。

女がこちらを向いた。

 

女「ん?何よあんたたち。」

 

その顔は確かに覚えている。

以前冒険者になるのを手伝い、同行した、氷の魔法使いリーネである。

 

亮「リーネさん!!」

リーネ「あーーっ!!!あんたたちは!!!」

 

リーネは大きな声を出す。

 

店主「え、何?もしかして知り合い?」

亮「あ、はい。以前ちょっとしたご縁で一緒になって…。」

リーネ「そうそう、あの時は世話になったわね。」

亮「まさかこんなところで再会できるなんて、すごい偶然ですね!!。」

リーネ「うんうん!」

 

フリルも同時にコクコクと頷く。

 

店主「じゃあ、悪いが先に注文決めてくれねえか?とりあえず姉ちゃんと嬢ちゃんは『禁断の果実パフェ』で、兄ちゃんはどうする?」

亮「あ、えーと…。」

 

亮はしばらく考える。

だがこれといって欲しいものがない。

 

亮「…じゃあ僕もその『禁断の果実パフェ』で。」

 

こうして3人とも『禁断の果実パフェ』を買うことになった。

3人はパフェを受け取り、噴水の近くのベンチに移動し、座った。

パフェを食べつつ、別れた後の経緯を話している。

 

亮「そうなんですか、依頼をいくつか達成されたんですね!おめでとうございます!」

リーネ「そんな大したことじゃないわよ。もぐら退治とか子供たちに魔法の知識を教えるとかだし。」

亮「いえでも、立派な仕事ですよ。」

リーネ「そ、ありがと。」

 

亮たちが話している間、フリルは夢中になってパフェを食べている。

どうやらとても気に入ったようだ。

店主が豪語するだけのことはある。

 

リーネ「あんたたちに出会えてちょうど良かったわ。今すごく重大な事件を追っていてね。私一人では手に負えないから、あんたたちにも手伝って欲しいの。」

 

リーネは急に真剣な眼差しでこちらを見て、言った。

 

亮「はい、僕たちで手伝えることなら…。どんな事件ですか?」

 

リーネは深いため息をつくと、重々しい口調で語り出した。

 

リーネ「今あちこちの村が襲われているの。一人の魔女によって。村人たちは無惨にも殺されていっているわ。」

亮「魔女?」

リーネ「…ええ。元錬金術師だけど、悪魔に魂を売り渡した女。私の姉、リーエ・ユーベルトよ。」

亮「えっ!?お姉さん!?」

リーネ「…そうよ。紛れもなく私の姉よ、あのクズ女は。」

亮「…………。」

 

リーネは内なる怒りをほとばしらせながら、続けて言う。

 

リーネ「もう襲われた村は二十を超えるわ。いずれも黒のローブの女がやったと目撃情報が入ってる。私も追いかけて、一戦交えたんだけど、勝てなかった…。」

亮「…………。」

 

リーネは辛そうに声を出す。

亮はリーネの心情に考えを巡らせている。

家族が大量虐殺をしており、戦わなければならないというのは、なんと辛いことだろう。

しかし亮には疑問が生まれる。

 

亮「あのなんでお姉さんはそんなことをしているんですか?昔からそうだったんですか?」

リーネ「いや、昔は優しい姉だったわ。私たち一家は盗賊の襲撃に巻き込まれて、一家バラバラになってしまったの。両親は殺され、姉と一緒に逃げたけど、姉は私を逃すため囮になったの。それ以来、最近まで生き別れになってたわ。」

亮「…………。」

リーネ「再会した時、姉は前の姉ではなくなっていた。あの冷たい目、別人みたいに変わっていた。村人たちの死体を指差しながら尋ねたわ、これはあんたの仕業なの?、と。」

亮「…………。」

 

亮とフリルは沈黙している。

あまりにもシリアスで、ただ聞いていることしかできない。

 

リーネ「姉はただ、私の邪魔をするな、とだけ言った。目的はわからない。私は魔法を放ったけど、それをそっくりそのまま返されて…。」

亮「…………。」

リーネ「あの女をこのままにしてはおけない。私が必ず仕留めると心に誓ったの。それでまたずっと追跡してたのよ。」

亮「そうだったんですね…。」

リーネ「…なんだけど、この辺の地理に不慣れでね。村への行き方がわからないのよ。地図はあるんだけどね。」

 

リーネは肩をすくめ、首を振る。

 

亮「それって。」

 

亮とフリルは顔を見合わせる。

普通街や村の間には道が続いており、道なりに進めば迷うことはないはずである。

 

フリル「…もしかして、方向音痴?」

亮「その可能性はある。」

 

亮とフリルは小声でボソボソと話す。

 

リーネ「何そこでひそひそ話してんのよ?つまり、あんたたちに村への案内を頼みたいの。報酬は払うわ。」

亮「僕は構わないです。フリルは?」

 

フリルはコクリと頷く。

 

リーネ「よし、決まりね!ただ、あの女を倒すのは私だからね。あんたたちは手を出さないで。よろしくね。」

亮「はい、わかりました。」

 

亮(でも、万一の時は助けないとな…。)

 

亮はいざとなったときに自分がリーネを守る決意をした。

亮がフリルの方を向くと、フリルはコクリと頷き返した。

 

リーネは地図を広げ、これまで襲われた村を指で示す。

そして最後に襲われた村から、地理的に次襲われるであろう村を割り出していた。

 

リーネ「この村よ!ここが次狙われる可能性が高いわ!」

亮「なるほど…。」

リーネ「もし外れても、村人たちに警告を伝えることはできる。行きましょう!」

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(2)

 

3人は街から南に行ったところある村へと急いだ。

 

亮「フリル。」

フリル「………何?」

亮「時計塔、ごめんな。また今度見に行こう。」

 

フリルはコクリと頷いた。

 

次第に空に黒い雲がかかってきて、雨が降り始める。

3人は休憩をとりつつ、かなりの時間歩き続けた。

 

もう時刻は夕方近くになっていた。

 

リーネ「ここだわ…!」

 

3人は村にたどり着いた。

着くとともに、どんよりとした空気が3人を包む。

 

亮「あれは…!見て!!」

 

村にはあちらこちらに村人らしき人が横たわっていた。

ある者は体が焼け、ある者は血まみれで、またある者は全身が凍り付いていた。

 

亮「ひどい…!!」

 

亮たちが近づいて安否を確認したが、息のある者は一人もいなかった。

 

リーネ「あいつの仕業よ、間違いない!!」

 

衝撃とともに怒りを覚えるリーネ。

3人は生存者の確認とともに、リーエの捜索を始めた。

 

しばらくして3人は、村の中央広場に到着した。

そこは周辺よりいっそう暗く、よどんだ空気に包まれている。

そこに、黒のローブを着た人物が立っている。

その人物は横たわっている村人のそばで、何やら呪文らしきものを唱えている。

リーネはその光景を目にするなり、飛び出した。

 

リーネ「リーエ!!これ以上はさせない!!」

女「……!」

 

黒のローブの女はこちらを振り向いた。

フードの下はリーネと同じ、青の髪である。

しかし表情は無く、青の目はこの上なく冷徹な視線を放っている。

右手には杖を手にしており、その先端の球面が黒色に輝いている。

 

亮(この人がリーネさんの姉。)

 

確かに顔は似ているが、二人の雰囲気はまるで違う。

リーエの姿からは、あらゆるものを寄せ付けないような、孤高で威圧的な雰囲気がにじみ出ている。

 

リーネ「あんたの非道もここまでよ!!一家の恥!!引導を渡してやる!!」

 

リーネが叫ぶ。

リーエはそれを涼しげな表情で聞くと言った。

 

リーエ「リーネ、あのとき警告しましたね。邪魔をすれば殺す、と。」

リーネ「それが何よ!!死ぬのはあんたよ!!」

 

リーネは怒りに全身を震わせている。

 

リーエ「そう。哀れですね、身の程を知らぬ者は。一度は命まで取りませんでしたが、二度はありません。」

リーネ「上等よ、ここで全部終わらせてやる!!」

リーエ「無力さと後悔の念に包まれながら、死になさい。」

 

リーネは呪文を詠唱し始めた。

それに呼応するようにリーエも呪文を詠唱する。

亮とフリルはいつでも飛び出せるような態勢で、様子をうかがっている。

 

しだいにリーネは青白い輝きを放つようになり、それがどんどん強まっていく。

リーエの方は、杖の先端の黒の輝きが増していっている。

リーネは青白い輝きとともに呪文を唱え終えると、右手をばっと振り上げた。

すると輝きがリーエの頭上に移動し、無数の氷の刃を形成した。

リーネが手を振り下ろすと、氷の刃たちはリーエめがけて勢いよく降下した。

リーエは避けるそぶりも見せない。

氷の群れはリーエに命中する少し手前で、全て消滅していった。

 

リーネ「!!!」

 

リーネは驚くが、すぐに気を取り直し、次の呪文を唱える。

今度は対象を取り巻く空間の温度を著しく下げ、生命活動を停止させる魔法である。

リーネが呪文を唱え終えると、リーエの周囲に美しいダイヤモンドダストが現れていく。

亮たちのいる少し離れたところからでも、寒さを感じ取れる。

しかし、リーエは無表情のまま、微動だにしない。

全く通用していない様子である。

 

リーエ「こんなものですか?」

リーネ「そんな一体。」

 

リーネは呆然としながら眼前の光景を見つめている。

リーエが何か短く言葉を唱えると、ダイヤモンドダストは瞬時に消え、辺りの温度は元に戻った。

リーネの瞳孔が開き、肩がビクッと震える。

リーエは先ほどから黒く輝いている杖をリーネに向け、また短く言葉を発した。

すると、杖の先端から黒の縄のようなものが出現し、リーネ目掛けて飛んで行った。

リーネは縄にぐるぐる巻きになり、体の自由を奪われる。

縄はリーネを強烈な力で締め付け、次第に輪の面積を狭めていく。

 

リーネ「うあぁぁ!!うぐっ、ああぁぁぁぁ!!」

 

リーネは痛みのあまり絶叫する。

 

亮「リーネさん!!」

リーエ「そのまま全身ちぎれてバラバラになりなさい。」

 

亮は弓を構える。

それよりも早く、フリルがリーエ目掛けて飛びかかっていた。

素早い動きでリーエの首を狙い、ダガーを振りかざす。

しかし、ダガーはリーエのすぐ手前で、金属音とともに動きを止める。

まるで見えない壁があるかのようだ。

 

フリル「………!?」

 

フリルは事態を把握できず、困惑した表情をしている。

リーエが杖をスーッとフリルの方に向ける。

フリルは動かない。

いや、間近に見るリーエの姿に恐怖し、動けないのだ。

 

亮「フリル!!危ない!!」

 

亮が叫び終わる前に、リーエが短く言葉を発し、左手を天に掲げる。

左手が黄色く光り、上空の雨雲がカッと光ったと思った瞬間、すさまじい轟音とともに落雷がフリルを襲った。

直撃を受けたフリルは声を発することもなく、その場に倒れ込んだ。

亮はしばし呆然としていたが、その表情は怒りとともに歪んでいく。

 

亮「フリル、フリル!!ちくしょう!!」

 

亮は矢を放つ。

休む間もなく、次から次へと、ありったけの矢を放っていく。

弓矢の熟練が進んだこともあり、速射にもかかわらず、かなりの割合で矢がリーエ目掛けて正確に飛んで行った。

しかし、それらの矢は全てリーエの手前の地点で弾かれ、乾いた音を立てて地面に落ちていった。

亮は肩で息をしながら矢筒に手を伸ばしたが、もはや矢は一本も残っていない。

 

リーエ「気は済みましたか。」

 

リーエはそう言うと、亮に向かいゆっくりと歩き始める。

既にリーネは地面に横たわっており、悲鳴も止んでいる。

リーネを縛っていた黒の縄が音を立てて、スーッと消えた。

リーエはリーネの方をちらっと見て言う。

 

リーエ「バラバラにはなりませんでしたか。多少の魔法抵抗力はあるようですね。」

 

リーエはリーネに構わず、亮の方へ歩みを進めていく。

亮はもはや戦意を失っていた。

今になって、全身に震えが起こる。

逃げることもできない。

 

リーエ「死ぬ前に一つ、教えてあげましょう。もはや手遅れですが。」

 

リーエは落ち着いた口調で淡々と話す。

 

リーエ「弱きことは、罪です。そして弱き者が身の程を知らぬことは、さらに大きな罪です。」

 

亮は自分の無力さを思い知る。

村人たちはおろか、大事な仲間さえも守ることができない。

リーエが亮に近づく。

そして杖の先端を亮の頭に向ける。

亮は観念し、目を閉じる。

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(3)

 

リーエ「あなたは、違う?この世のものではない?」

 

亮はハッとして目を開ける。

リーエは今まで一貫して落ち着いた口調で話していたが、この時は少し違った。

少しばかりの意外と驚きの感情が含まれているようだった。

 

リーエ「もしかして、あなたが、魔教団の言っていた。」

 

亮は魔教団という単語を聞き、全身に動揺が走る。

イリスやセイン達が敵対していた、あの魔教団のことだろうか。

ということは、リーエはイリス達の敵でもあるということなのか。

 

???「魔女め、まだそんなたわけたことをしておるのか。」

 

不意にどこからともなく、低くしゃがれた声が響き渡る。

亮は辺りを見回す。

声が止むと、亮とリーエのすぐ近くが光り出し、光の中から一人の年老いた男が現れた。

魔法のハットにローブに杖、見るからに魔術師という感じのいでたちである。

 

リーエ「また私の邪魔をしに来たのですか。」

 

リーエは老人を見て言う。

今までの落ち着いた口調が、かすかに苛立ったものへと変わる。

 

老人「わしの目が黒いうちは、お前に好き勝手させんわ。今度こそ仕留めさせてもらう。」

リーエ「愚かな。何度来ようが無駄なことが、まだ分からないのですか?」

 

亮は二人のやり取りをじっと聞いている。

どうも老人は過去にリーエと相まみえた様子である。

老人は右手の杖を持ち上げ、何か叫ぶと杖が明るく光り出した。

杖から輝きが放たれたかと思うと、しだいにフリルとリーネの周囲を取り巻いていった。

 

老人「心配するな、あの者たちは助かる。」

 

老人は亮に向かって言った。

亮は返事もできないまま、ただその光景をじっと眺めている。

光が消えると、老人はリーエの方を向き、一歩前に出た。

 

老人「魔女よ。この者たちを巻き込みたくない。場所を変えさせてもらうぞ。」

リーエ「どうぞご自由に。良い死に場所を選ぶのね。」

 

老人は呪文を唱えるとともに、体が光に包まれ、上空へと飛び上がった。

リーエも呪文を唱え、黒い光に包まれながら飛翔し、老人を追いかける。

二人は、亮たちの真上から水平に少し距離をおいた場所へ飛行し、空中で対峙した。

亮からは、二人の体はだいぶ小さく見える。

 

老人「ここらでいいかの。村を巻き込むこともあるまい。」

リーエ「死に場所が決まったのなら始めましょう。」

老人「そうじゃのう。お前の魔術の腕に敬意を表し、ミイラにでもして、魔導博物館に飾ってやるわ。」

 

老人は言うなり、杖をくるくる回しながら呪文を唱え始める。

リーエもほぼ同時に呪文を唱え始めた。

亮はしだいに落ち着きを取り戻し、リーネとフリルの元へ向かう。

リーネの方はあちこち裂けた服の下に痛々しい縄の跡があり、身体が黒ずみ、出血もしている。

フリルは衣服の一部が黒く焦げて縮んでおり、皮膚も焼けて葉のような模様の痕ができている。

ただ、両者とも息があるのは感じ取れた。

 

(あの人が助かるって言ってたけど)

 

二人ともどう見ても瀕死の重傷だ。

亮は魔術師たちの戦いを尻目に、二人の手当をすることにした。

 

空ではリーエと老人が魔法の応酬を繰り広げている。

老人が山のように巨大な大岩を放ったかと思えば次は無数の光輪を放ち、一方でリーエは竜巻を呼び起こし杖から数匹の黒龍を放つ。

二人が放つ魔法は、亮が知っているものとはスケールが違った。

 

(あの爺さん、押されてる)

 

魔法の素人の亮でもそれがわかった。

老人の魔法はリーエの見えない壁に遮られ、命中することはない。

しかしリーエの魔法は老人に当たる。

老人は時折空間を転移しながら、辛うじて直撃をかわしている様子であった。

 

リーエ「どうしました、大口叩きながら逃げ回るだけですか?」

老人「ふん、まだ終わったわけではないぞ。」

 

老人はリーエの周囲をぐるぐると旋回し始めた。

リーエはやや不審な表情をしつつ、魔力の光線を放つ。

老人は旋回しながら空間を転移し、光線をかわす。

 

老人(そろそろじゃのう。ここら一帯に魔力の残滓が満ちておるわ。)

 

老人はリーエの真上まで飛び上がると、杖を掲げて叫ぶ。

 

老人「魔女よ!お前の魔力を使わせてもらうぞ!!」

 

言うなり、老人の掲げた杖が大きく輝き、リーエと老人を包む。

あたかも地上から見える太陽が大きくなったかのように、まばゆく輝いた。

遠くにいた亮が眩しくて目を開けていられない程であった。

 

(すごい眩しい…一体何をしてるんだ…?)

 

しばらくして、光は集まって大きな球体を形成し、リーエと老人はその中にいた。

リーエは周囲を見回しながら言う。

 

リーエ「これは、まさか…。」

老人「知っておろう、封魔結界じゃ。お前の魔力を封じるため、あらかじめこの場所に仕掛けておいた。」

 

リーエは狼狽した表情を見せる。

 

老人「お前ほどの魔術師を封じるためには、それだけ大掛かりな結界と魔力が必要だ。そのためここでお前と戦い、空間を魔力で満ち溢れさせた。わかるか?お前はまんまと誘い出された間抜けということじゃ。」

リーエ「おのれ!!」

 

リーエは怒りをあらわにし、老人に向かって電撃を放つ。

 

老人(なんと!この結界内でまだ魔法を使えるとは!底知れん奴じゃわい…。)

 

老人は杖で盾を作り、電撃を受け止める。

 

老人「なんじゃその弱々しい魔法は。蚊が刺したようなもんじゃのう。さあ、観念せい!わしの魔力はそのままで、お主は雑魚。もはや勝負は決まったの。」

リーエ「くっ…!」

 

リーエは身を翻し、球体の外へ逃れようとした。

しかし、球体の壁はリーエを外に逃さず、ブロックしている。

 

老人「無駄じゃ。知っておろう、逃げられんことは。ここはお主の墓場じゃ。諦めい。」

 

老人は杖をリーエに向け、先端から無数の光弾を放つ。

リーエの見えない壁はもはや機能を失い、光弾はリーエに命中していった。

 

リーエ「ぐっ…はぁっ…はぁっ……。」

 

リーエの黒のローブはボロボロになり、全身から血を流している。

 

老人「魔女よ、最後に言い残すことはあるか?」

 

老人は杖をリーエに向け、言い放つ。

リーエはそれを聞くと、目を閉じ、杖を両手に持って何やら唱え始めた。

 

老人「ふん、念仏のつもりか?それとも最後の足掻きか?いずれにしてもこれで最後だ。」

 

老人は呪文を唱えると、杖から光があたりに散乱し、無数の光の球を形成した。

光の球は次第に蟲の姿へと実体化していった。

 

老人「さあ行けい!!あの者の肉体を喰らってしまえい!!」

 

老人が叫ぶと、蟲たちはリーエに向かって飛んでいった。

リーエは身動きせず、杖を構えて何かを唱え続けている。

 

老人(これは…奴の魔力が急激に高まっている!!まさかあれを!?)

 

蟲たちがリーエの目と鼻の先まで迫ると、リーエはかっと目を開き、大声で叫んだ。

するとリーエの体から黒い光が溢れ、蟲たちを飲み込んでいき、大爆発を起こした。

 

老人「ぬうっ!!」

 

老人は爆風で吹き飛ばされた。

封魔結界は強大な魔力の爆発により破壊され、光の輝きは失われた。

亮は大規模な爆発に驚き、呆然とその光景を見つめていた。

老人は空中で体勢を立て直すと、爆発の中心部を見てぽつりと言った。

 

老人「自爆とはな…危ないところじゃった。死なばもろともということか、愚か者め。」

 

老人はしかし、僅かな魔力の移動を感知した。

 

老人「まさか、逃げただと…!あれだけの爆発で死なぬとは、なんという奴じゃ…。」

 

亮はしばらく爆発の光景を見ていたが、しばらくして一筋の光がこちらに向かってくるのに気づいた。

老人は亮の元へと飛行してきて、地に降り立った。

 

老人「ふぅ…全く、あんな怪物を相手にするのはやってられんわ。おぞましさで背筋が凍るわい。」

 

老人は笑みを浮かべながら、亮に向かってつぶやいた。

 

亮「あの…勝ったんですか?」

 

亮が真剣な表情で尋ねる。

 

老人「どうやら逃げられたようじゃ。すぐに後を追わんといかん。」

 

老人は首を振りながら答える。

 

老人「警告しておこう。命が惜しければ、奴とは闘わんことじゃ。奴を倒すのはこのわしじゃ。ハインツ・グロムナード。名を聞いたことはあろう。」

 

亮は首を振る。

 

ハインツ「なんじゃ知らんのか。まあよい、警告はした。次は助けんからの。」

 

ハインツはそう言って呪文を唱えると、光のゲートが現れた。

ハインツがゲートを潜ると、その姿は見えなくなり、やがて光も消えていった。

 

番外編2 闇に堕ちし魔女リーエ(4)

 

亮はフリルとリーネを村人の家屋へと運び、手当てをし続けていた。

もう辺りは真っ暗になり、雨が降り続いている。

亮は疲れ、しばし休息する。

二人の顔を覗き込むと、目を閉じ静かに眠っているかのように見えた。

 

亮(どうか助かってくれ…!頼むよ神様…!)

 

亮は念じ続けた。

同時に、リーエの言っていたことを思い出す。

弱きことは、罪。

あまりにもシンプルだが、もっと自分に力があれば、ハインツのような魔法が使えれば、仲間に怪我を負わすことはなかったかもしれない。

重たい時間が流れる。

 

亮は再び二人の手当てを再開した。

治癒薬を二人の身体に塗っていく。

フリルは大火傷を負い、リーネは裂けた皮膚から出血していた。

亮の懸命な手当てで、応急処置は無事完了した。

 

亮「あとは二人の体力次第、かな…。」

 

亮はまた一休みする。

そのうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

明朝。

誰かが自分を呼ぶ声がする。

 

???「おーい、大丈夫ですか?しっかりしてください。」

 

亮は声に気付き、ばっと跳ね起きた。

 

???「ああ良かった、無事だったんですね。救助に参りました。」

 

その声の主は、兵士のいでたちをした若い男だった。

 

亮「あ、あの…?」

兵士「もう心配ないですよ。私たちはヴァロンの兵士です。村が襲われていると聞き、駆けつけました。」

亮「あ、そうだったんですね…。ありがとうございます。」

兵士「そちらの方々も、大丈夫ですか?」

 

兵士はフリルとリーネの方を見て言う。

 

亮「あ、実は怪我を負ってまして…。」

兵士「なるほど、ちょっと見せてください。」

 

兵士は二人の毛布を外し、怪我の様子を見る。

 

兵士「ううむ、これはひどい。すぐに治癒士を呼んできましょう。待っててくださいね。」

亮「はい、ありがとうございます。」

 

兵士は家を出て行った。

亮は、二人が助かるかもしれないという希望で胸がいっぱいになった。

しばらくしてドアをノックする音が聞こえる。

 

女の声「失礼します。」

亮「はい。」

 

ドアから中に入ってきたのは、僧衣を纏った40〜50代くらいの女だった。

 

女「怪我人がいると聞いたのですが。」

亮「あ、はい。ここに寝てる二人です。」

 

治癒士とおぼしき女は二人に近づき、毛布を外す。

 

女「どれどれ…これはひどいですね。こんな怪我見たこともないですよ。」

亮「治せそうですか…?」

女「ええ、やってみましょう。」

 

女は呪文を唱え始める。

すると両手がほんのり光り始めた。

その両手を、フリルとリーネに向けてかざす。

 

女「よく助かりましたねえ。あの魔女がやったんでしょ?」

亮「あ、はい。」

女「村のそこらじゅうに死体が転がってます。むごたらしいったらありゃしない。」

 

女は不機嫌そうに言う。

 

亮(リーネさんの姉ってことは黙っておかないとな…。)

 

亮は気をつけることにした。

その時、また家のドアのノック音が聞こえる。

 

男「失礼する。」

 

声と共に入ってきたのは、立派な鎧を身につけた中年の男だった。

先ほどの若い兵士も一緒だ。

二人は亮の元へと歩み寄る。

 

男「ヴァロン白羊騎士団団長のオセリウスと申す。君に今回の事件のことでいくつか聞きたいことがある。」

亮「あ、はい。僕は、亮っていいます。」

オセリウス「亮君か。まず、君たちは何者かを教えてくれないか?」

 

亮とオセリウスは、フリルとリーネの治療が行われている傍らで、今回の事件のことについて問答して行った。

亮たちが冒険者であり、魔女の噂を聞いて村に駆けつけたこと。

魔女はとてつもなく強く、歯が立たなかったこと。

ハインツ・グロムナードと呼ばれる老魔術師が魔女をあと一歩のところまで追い詰めたが、逃してしまったこと。

オセリウスは時折唸り声を上げながら、亮の話に聞き入っていた。

 

オセリウス「ううむ、俄かに信じられんが、あのハインツ殿が…。魔女の力はかくも強大なものなのか…。」

亮「ハインツさんのことをご存知なのですか?」

オセリウス「知ってるも何も、この世で三本の指に入ると言われる偉大な魔術師だよ!大賢者ガリオン、大司教ユーファス、そして大魔導師ハインツ。子供でも知ってる有名人だが。」

亮「あ、あはは…ちょっと世情に疎くて…。」

 

亮は作り笑いを浮かべ、頭を掻く仕草をする。

 

オセリウス「実はこの村にもあらかじめ警護の兵を送っていた。魔女に備えてだ。魔女が出現したとき、一人の伝令係を除いて、皆魔女と戦った。だが、彼らは無惨にも死体となっていた。」

亮「………。」

オセリウス「その伝令係が、ここにいるトーマスだ。彼の伝令を受け、我が本隊は村へと向かった。」

 

オセリウスは、若い兵士を見てそう言った。

トーマスと呼ばれた若い兵士は、うつむいて悲しそうな表情をしている。

 

オセリウス「我々は、あの魔女を、あの悪魔を倒さねばならん。だがどうすればいい?奴の力はあまりに強大だ。」

亮「………。」

オセリウス「ハインツ殿の言うように、我々には何もできることがないのだろうか?強大な魔力の前には、ただなすすべもなくやられていくしかないのだろうか…。」

 

オセリウスは首を振り、嘆き悲しむ。

亮は同じ思いを抱きつつ、黙って見つめる。

 

オセリウス「亮君、質問に答えてくれてありがとう。我々は村人と戦死した仲間の埋葬をしなければならん。君は治療が済むまでここで休んでいるといい。食料など必要なものがあれば呼んでくれ。」

亮「はい、ありがとうございます。」

オセリウス「では、亮君。仲間を大事にな。」

 

オセリウスとトーマスはそう言って家を出て行った。

亮と、治癒士の女と、フリルとリーネが残された。

 

女「もうしばらく待ってくださいね。かなり良くなってきましたので。」

亮「あ、はい。ありがとうございます。」

 

沈黙が流れる。

しばらくして、女はカバンをガサゴソと探り始めた。

 

女「さて、もういいかな。この秘薬を飲ませて…。」

 

女はフリルとリーネに薬品のようなものを飲ませる。

すると、フリルとリーネが声をあげて、動き始めた。

 

リーネ「う、う〜ん…。あれ、ここは?」

フリル「………???」

亮「リーネさん!!フリル!!」

 

亮が歓喜の声をあげる。

 

女「あ、まだあまり動かないでくださいね。動くと痛いですよ。」

リーネ「………誰?」

 

リーネは怪訝な表情をする。

 

亮「えっと、ヴァロン軍の治癒士さんで、いま村にヴァロンの兵士さんたちが来てるんです。魔女出現の伝令を受けて、白羊騎士団?だっけ、の本隊が来たと。」

女「マリエラですよ、名前で呼んでくださいね。」

亮「そう、そのマリエラさんが、ずっと二人の治療をしてたんです。」

 

リーネはマリエラをじーっと見つめる。

 

リーネ「そうだったの、ありがとうマリエラさん。助かったわ。」

 

リーネは言うなり、急に表情を険しくする。

 

リーネ「それよりも、あいつは!?どこにいるの!?」

亮「実は……。」

 

亮は二人に経緯を話す。

リーネは驚いた表情でそれを聞いていた。

 

リーネ「まさか、ハインツ……。あの大魔導師ハインツが戦ったって言うの!?」

亮「はい。でもどうやら逃げられてしまったようで。」

リーネ「………。」

 

リーネは驚きと共に言葉を失う。

亮は内心迷っていたが、ハインツが言っていた言葉を伝えることにした。

 

亮「ハインツさんは言っていました。奴を倒すのはこのわしだ。命が惜しければ手を出すな、と……。」

リーネ「………。」

亮「リーネさん。こんなことは言いたくないですが、魔女はハインツさんに任せて、僕らは手を引きましょう。」

リーネ「いやよ!!」

亮「リーネさん…。」

リーネ「あいつは、あいつだけは、この手で倒すと決めたのよ。絶対に諦めるもんですか!!」

亮「でもそしたらリーネさんが死んでしまいます!!」

 

リーネはしばし無言になり、その後口を開いた。

 

リーネ「……なら、強くなってやる。あいつよりも、ハインツよりも。最強の魔術師になってやるわ。」

亮「リーネさん…。」

 

亮はリーネに笑顔を向ける。

 

亮「僕も、強くなりたい…。非力でいることが、いかに仲間を危険にするのかがわかったから。リーネさん、一緒に強くなりましょう。」

 

フリルもコクコクと頷く。

 

リーネ「あんたたちと旅してると、いっぱい冒険できそうだし、魔法の修行にもなりそうね。いいわよ、一緒に行こう。」

 

こうして亮とフリルのパーティに、新たにリーネが加わった。

魔法使いは二人にとって大きな戦力となるに違いない。

リーエを倒すことを誓い、3人は軍の馬車でヴァロンの首都イェーネへと送られていった。

 

 

闇に堕ちし魔女リーエ おわり

 

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